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ブッシュ大統領の一般教書演説と万能細胞
最大の焦点を経済においた米国ブッシュ大統領の最後の一般教書演説で、経済以外で気になる事項が二つあった。一つは環境問題に関すること、もう一つは所謂「万能細胞」の研究促進を国是として改めて主張したことである。
「大統領は受精卵を壊さずに万能細胞を取り出せる新たな研究を「過去の論争を乗り越える突破口」と高く評価し、受精卵を使う胚性幹細胞(ES細胞)の支援法案に拒否権を発動した姿勢を大きく転換した。議会に対し「倫理上問題が大きい」とみる細胞関連の実験や研究成果の取引、特許の流用などを禁じる法整備も求めた。(2008/1/30 日経新聞)」
ES細胞の作製には受精卵を使う方法とクローン技術を応用する方法の二種類があるが、どちらの共通項は卵子を使うと言うことだろう。受精卵を使う方法のみが大きく取り上げられ、そこに「倫理上の問題」を組み込むことで「万能細胞」の研究に一定の歯止めをかけていたとも言える。皮膚から「万能細胞」が作製可能とする研究は、始まったばかりで多くのハードルがあるが、「倫理上の問題」という歯止めを取り外すことで、将来における新たな国力の礎となりえる可能性を持つことに誰も疑いを持たない。
ブッシュ大統領の演説でわかることは、「倫理上の問題」を「受精卵を壊さない」こと、さらには「人間の生殖系」に適用しないことに取り纏めたことだろう。倫理上の問題とすれば、その他にも様々な問題があるのは事実だと思う。それらを、ES細胞作製の方法としてのクローン技術の応用を無視したように、除外して「倫理上の問題」を一つにまとめた発言ともとれる。逆に言えば、ブッシュ大統領にとっても、支持基盤である保守層の意向を無視することは出来ず、しかしそれらが将来の米国における国益に対してボトルネックになりつつあると感じていたように思う。その中で新たな研究成果(iPS細胞)が発表されたので彼は飛びついたのではないだろうか。
共有する倫理問題であれば、ES細胞の研究当初より生殖系の「細胞関連の実験や研究成果の取引、特許の流用などを禁じる法整備」が行われてしかるべきだ。iPS細胞の登場によって法整備を行うとするのはどう考えても順番は逆であろう。つまりは「倫理上の問題」といっても「将来の国益」の視点からみればその程度の問題なのだ。
日本でも1月28日に万能細胞(iPS細胞、ES細胞)における生殖系研究は「当面」禁止とする方向で動いているので米国と同様である。
「iPS細胞や胚性幹細胞(ES細胞)から展開が考えられる生殖系の研究には(1)精子や卵子を作る(2)作った精子や卵子を受精させる(3)受精させた胚を子宮などに戻す、などの段階がある。研究が先行していたES細胞では、現在(1)からすべて禁止している。 文科省は、iPS細胞はES細胞のように受精卵を壊すことはないが、当面はES細胞と対応をそろえるのが妥当と判断した。(2008/1/28 朝日新聞から)」
映画「アイランド」(2005年米国)では、顧客の細胞から移植用の各臓器を作製しようと試みるがことごとく失敗する。臓器が臓器として作製されるためには器としての人間が必要だったのである。そこで科学者は顧客のクローン人間を造り一カ所に集めて管理し育てる。そこではクローン人間は人間ではなく、人間の言語を使う心臓だったり、肝臓だったり、子宮だったりとなるわけであるが、クローン人間達は自分が何者かは知らない。クローン人間達は自分たちが最終戦争の生き残りであり、最後の楽園「アイランド」に行くための準備をしているのだと洗脳されている。「アイランド」に行くことは実際は彼らの心臓・肝臓・子宮などを摘出することであり、器としての役目を終える時でもある。
iPS細胞から臓器だけの製作は将来において可能と科学者たちは語る。リセットされた細胞は特定コードの挿入により、コードに見合った姿に製作される。おそらく語るほど単純なことではなく、様々な関係要素により実際は何ができるかわからないのが本当のところだろう。もしかすればネズミの姿をした心臓、ウサギの耳を持つ肝臓、人間の内臓を持つ猿がそれらを代行することになるかもしれない。人間のために製作されたモンスター。現代のフランケンシュタインは継ぎ接ぎだらけではないはずだ。仮にそうなった時、倫理上の問題はどの様な姿で浮上するのだろう。
宮沢賢治の童話「フランドン農学校の豚」では、人間の言語を覚えた豚がなまじ人間とコミュニケートできてしまうことで、食肉になる契約をするように仕向けられる。童話の中では、動物は食用と言えども権利が認められ、食用のため屠殺される場合、動物の任意同意書が必要なのである。契約はあくまでも自発であり、人間たちは動物たちが自らの犠牲的精神で持って、その身を供することを疑わない。
作中のヨークシャイヤは「私儀永々御恩顧の次第に有之候儘、御都合により、何時にても死亡仕るべく候」なる奇怪な文章に前肢の爪印を捺すように求められ、どうにもブタらしからぬやり方で最後には屠られるのです。なまじニンゲンの言語を理解し、文字能力を身につけたばかりに、ヨークシャイヤは擬人化されないままのブタには要求されるはずもない武士道的従順さを強いられ、かといって擬人化の恩恵にたいして浴するわけもなく、ただ無残に、ニンゲンを肥やすための食材とされるわけです。(『擬人化の未来』西成彦)
宮沢賢治の童話における擬人化はあくまでも状況の比喩である。しかし僕らは比喩ではなく、動物が人間の言語を操る、内臓が走り回る、オリジナルと複写の区別がない生命が在る時代を迎えようとしているのである。米国と日本が生殖系の研究を「倫理上の問題」として禁止したとしても、誰かはその一線を踏み越える。そして米国と日本の研究者たちも彼らに追従して研究可能な場へと流れてゆくことだろう。だから日本でも生殖系の研究を解禁すべきと言っているのではない。止めることは難しいと言っているのだ。僕らは「禁止」だと叫ぶだけでなく、それに対応した考えを構築する必要もあると思うのである。
iPS細胞やES細胞を「万能細胞」と誰が名付けたのであろう。「万能」であると言うことは無限定であると言うことだ。つまりは無限と言うことだろう。万能で無限である存在、僕はその存在を「神」しか思い描けない。「万能」は限定で有限な僕の中に存在している。無限を有限が包括できるのかと一瞬とまどうが、それは「限定で有限な僕」という例えが誤りなのだろう。おそらく「万能細胞」は無限ではなく、僕は有限でもないのだ。人間の生を物質レベルで考えれば、誕生から死までの線分で捉える必要もない。僕を構成する物質は死んでもなお残り続ける。
おそらく万能細胞は言葉通りに「万能」ではない、と思う。しかし先々は整形医術・サイボーグ技術と一体もしくは棲み分けて、人間の欠損を補い、機能を拡張し、さらには新たな生命を創ることだろう。「万能」細胞に対する期待は、現在語られているような内容だけに収まりきれないのも事実だと思う。それが人間の精神にどのような影響を与えるのか、このことについて僕は間違いなく内部にいる。
翻訳について、リセット
僕は「翻訳について」以下の五つの条件をあげようと思う。「条件」を示す場合、「何の」という目的が必要と思われるが、 必ずしも同一目的下でまとめられてはいない。「翻訳について」という命題に思いつくまま羅列したに過ぎないと思う。でも強いて言えば、「翻訳とは一つの形式」というベンヤミンの言葉、そして翻訳の政治的側面からの視点が羅列の背景にあると意識はしている。
- 翻訳の原本(翻訳される側)は文書であること。つまり書かれている言葉である。そして、 翻訳本は原本の前に現れることは決してない。
- 原本は現時点における共時性をもった書かれた言葉ではなく、かつその書かれた言葉の意味が判読難しい状況にある。
- 原本は翻訳本となるラングとは別のラングで書かれている。さらに原本の文体は翻訳の文体を保証するものではない。
- 翻訳する理由、もしくは市場性がある。また市場の大小および対象は翻訳の技術面に影響を与える。
- 翻訳とは受容ではなく変容である。すなわち翻訳とは一つの解釈の形式であり、それは語と1文の構成の選択に現れる。
日本では、例えば琉球語の様に話し言葉としては、行政範囲内である場合、標準語と対比する方言としてその位置づけが定められているが、 僕の視点からは日本は多言語国家としてある。ただ、「書き言葉」としての日本語は、先住民族・移民・外国人労働者・難民・ 旅行者および在日という日本人社会と対比により成立した各社会を除き、といっても多くの前記の人々も共に地域という意味で「日本」 に長期間暮らすなかで「書き言葉」としての日本語を習得している割合は高いと思われるが、「話し言葉」と較べれば「単一言語」 となっているように思える。それは中央集権国家として成り立った頃より培われたかもしれない。
でも僕がここで語りたいことはそのようなことではない。翻訳とは産業翻訳を実質中心に行われながら、 イメージとしては文芸翻訳が中心であった。でも本来翻訳はまずは人間の生命・生活に重点をおいて行われるべきと僕は思う。 渋谷などの駅名表示そして街路地表示、トイレなどの生理面に関する案内表示などは既に概ね翻訳されている様に思うが、 例えば行政サービスに関しての翻訳はどの程度進められているのであろうか。 また言語間の翻訳は在住する別ラングの人々の割合に応じて為されるべきであるにも関わらず、英語中心に行われている傾向にないだろうか。 統計的な数値を知らないので無責任な言動になってしまいかねなないが、仮に僕の想像通りである時、 もしくはその翻訳行為を各自治体の予算に任されている実態にある時、そこに政治的な意図はないのだろうか。
全く別の視点で見て、例えばフランス語から日本語にある文書を翻訳する時、 そのフランス語とか日本語は一つの統一され固定した静的な言語であることを前提にしている様な印象を受ける。 でも常に言語は流動的で止まることはないし、一国家・一民族・一言語が等号で結ばれることもない。 その中で翻訳文は書かれた瞬間から陳腐になる傾向となるが、それでも「日本語」として完成された単一言語として取り扱う傾向にある。 それは翻訳の実務面としては致し方ないことではあるが、その結果、ある面では日本の政治システムを維持強化することにつながる様にも思える。
文藝翻訳に関する一つの例としてミラン・クンデラ(1929年4月1日-)をあげたい。ミラン・ クンデラはチェコからフランスに亡命した。フランスに亡命した時点で既にクンデラは著名な作家であったが、 それはチェコ時代に書いたクンデラの作品のフランス語訳の小説が高い評価を得ていたことによる。しかし、その翻訳はクンデラ自身から見た時、 書き直されていたと思わせるほどの誤訳であった。誤訳はその文体にあった。逆に言えば、クンデラにとって文体は対応する語の適切さと同等に翻訳において重要な位置を示していた。それによりクンデラのフランス亡命生活の初め約10年は、精緻なフランス語を鍛えることと彼自身の小説の再翻訳に追われることになる。
クンデラの作品がフランス語に翻訳された時、東西冷戦の終結間際と言いながら、 そこに依然として冷戦構造の枠組みの中でフランス側がチェコを捉えていた視線があるのは事実であろう。クンデラが 「チェコのソルジェニーツィン」と評されていたことが、ある意味、それを端的に示している。つまりクンデラの作品は、 その当時フランス側が望む様に彼の作品を訳していたことになる。そしてそのことは、 政治的に東西冷戦構造の中で西側体制強化につながると見てもあながち不自然ではないように思える。
ここで一つの疑問が浮かぶ。クンデラがチェコ時代にチェコ語で書かれた小説と、フランス亡命後に彼自身がフランス語に再翻訳した小説、 その両者を並べたとき、両翻訳の内容は全く同じであろうか、またどちらが原本なのであろうか。僕の答えは簡単だ。 あくまでクンデラ自身が翻訳を行おうが、チェコ語版が原本であり、両者は同じではない。ただ、両者を並べ考える意味はないとは思う。 それは両作品が原作者を担保とするからではなく、原本と翻訳本を並べ較べることに意味が無いことを示していると、僕は思う。
さらに重訳についても考えてみる。村上春樹と柴田元幸の対談『翻訳夜話』(文春新書)で、 村上氏はテキストが重要と語ったうえで重訳について以下のように語る。
僕の小説がそういうふうに重訳されているということから、書いた本人として思うのは、べつにいいんじゃない、 とまでは言わないけど、もっと大事なものはありますよね。僕は細かい表現レベルのことよりは、 もっと大きな物語レベルのものさえ伝わってくれればそれでいいやっていう部分はあります。
(『翻訳夜話』 文春新書)
重訳における原本との誤差が直接翻訳と較べ多いとする根拠は僕にはない。『翻訳夜話』のなかで柴田氏は重訳について、 コピーのコピーだからノイズが増える、と言っているが翻訳はコピーではないと思うので、その例えは僕には成り立たない。また言語構造(文法) が全く違う言語間の翻訳が間に入る場合、ノイズが大きくなる様に思えるとも言われていたが、例えば漢文と日本語文の言語構造は全く違うが、 ノイズは少ないように思える。日本は漢字文化圏に属しているが故にノイズが少ないとすれば、翻訳時のノイズ混入の多少は言語構造に拠らず、言語間の歴史的関係にあることを示す結果になりはしないか。
翻訳文化でもある日本は、明治以前、翻訳は中国からの様々な文書に訓点を付けることと同義だったと思う。 諸外国の文書は中国に渡り漢文に翻訳される、日本はそれを輸入し訓読した。ある面、日本は漢文経由の重訳文化だったのかもしれない。例えば、 Wikipedia「仏典 」によれば、古代マガダ語、バリー語、サンスクリット語で書かれ、文字は「悉曇」(しったん) が多く使われたとある。つまり仏典は日本語に翻訳される以前からして重訳を重ねていることになる。 しかし日本において仏典の重訳の問題はなかったように思える。たとえば解釈の違いから、 もしくは仏典の選択から日本では諍いがあったが、重訳からの疑義による信仰心の揺らぎは起っていない。
重訳の問題は、畢竟直接翻訳の問題以上とはなりえない、と僕は思う。
僕は本記事において、逐語訳、意訳などについて語るつもりはない。それらは原本の意味と内容(書かれた言葉) のどちらを重視するかの重みにより変わり、その判断は原本が何のために書かれているかに拠ると思われるからだ。ただ原則的には原本の 「書き言葉」に現時点での言語をもって、出来うる限り正確に合わせるべきとは思っている。
追記:世界で最も他言語への翻訳が多いのはキリスト教の聖書だと思う。 翻訳の歴史を考えるとき聖書抜きでは考えることはできないだろうし、翻訳の問題も聖書から派生したとも言える。 でもここではそこまで踏み込むつもりはない。(Wikipedia 「聖書翻訳 」参照)
産経新聞コラム「正論 教育改革は「道徳教科書」作成から」を読んで思うこと
産経新聞(2007年3月7日)のコラム「正論 京都大学名誉教授・ 市村真一 教育改革は「道徳教科書」作成から」(Clipmarks) を読み唸った。教育に関して門外漢ではあるが、このコラムに書かれていることは僕にとっては強く抵抗感を抱かせる。
「安倍首相が内閣の第1課題を教育とし、教育基本法の改正を成就されたことは、岸首相の日米安保条約改定につぐ、 占領政策是正の重要な第二歩であって、真によろこばしい。だが国民の心の荒廃は実に深刻で、その治癒は容易ではない。なにしろ六十数年の積弊、一挙に改善する万能薬はない。どこから着手するか。 」
「占領政策是正」とは使い古された言葉であるが、その内容は、僕などはとんと理解が出来ない。日本の現状は、 仮に教育に関してだけを述べたとしても、根本を占領政策だけに求めるのは無理がある、と思うのである。それらの意見に共通することは、 戦前の日本に対する郷愁である。しかもその戦前の日本は、江戸幕府以前ではなく明治以降に造られた日本の姿でもある。
「国民の心の荒廃」を叫ぶ者は、常に「荒廃」の外部に位置している。
故に語りは上からの見下ろしで書かれることが多い。「私は違うが、周りはこうなっている、故に改善点は私が語れる」、もしくは
「こうすればいいのに何故それが理解できないのか」等など。
市村氏のコラムもその語りを踏まえている。しかし、最も的はずれなことは、荒廃した心を持った国民に対して語られる内容にもかかわらず、
市村氏自身の問題意識が国民と共有しているがごとき語り口だということだ。
仮に、市村氏の言うとおりに、国民の心が荒廃しているのであれば、上記の引用箇所は、既にその意味を失っている。
市村氏は以下の二項目を緊急提言している。
「1、教師の任用更新を厳しくし、その基準を明示する。」
「2、道徳教科書の作成に着手し、著者を厳選する。」
対象は小・中・高等学校の教員となっている。市村氏の考えとしては、 「採用後2年を試用期間とし、最初は助教諭に、後に教諭に任用すること」としている。そして、 「ペスタロッチ等の有名な教育論のエッセンスを踏まえて、立派な「教育者の条件」は何かを真剣に考えた」結果、「(1)学力(2) 親切(3)敬虔な心(4)品性」、の4項目となったそうである。
教師の「質」を考える場合、
しかるべきスキルが必要であることは当然であると思う。スキルとして必要と思われるものは、担当とする教科のスキルは無論のこと、
その他に、広い意味でのコミュニケーションスキルであることは特に異論はないと思う。
僕はここであえて「スキル」という言葉を使った。この意味は、これらの能力は技術として取得可能であることを示している。
市村氏はコラムの中で、(2)親切の説明の中で以下のように語る。
「いじめる、ひがむ、憎む、 恨むという類の情念や権力欲や支配欲の強い人は教師には向かない」
市村氏があげた「情念」や「権力欲」を持たぬ人間はいるのであろうか、
さらにそれらの強い弱いは関係性の中で変化する、と僕は思う。「口頭試問でそれを識別すべき」とあるが、
実際問題としてそれは不可能に近い。仮に様々な測定手法を使い、その人の性格を把握し得たと思い込んだとして、その結果、
逆差別がそこに派生する可能性はないと言えるのであろうか。人間性を数値的に判断する世の中が、逆に子供に与える影響を、
市村氏はどのように思うのであろうか。
そうではなくて、技術として取得可能なスキルとして、教師に必要なスキルと経験程度を明示的に項目化し、
その上で研修などでスキルを段階的に磨く手法を考えた方が、僕には現実的なように思う。さすれば、恣意的な「親切」「敬虔」「品性」などの、
時代とともに、もしくは管理する側の変化とともに変貌する、これらの言葉は無用となる。
「日本人の魂を抜こうとした占領政策は、歴史地理教育をやめさせ、 修身科を廃止させた。歴史地理は、文科省の努力の結果復活したが、修身が担っていた道徳教育はいまだに復活していない。知育・ 体育・徳育が並び進むべき事は教育論の常識であろう。」
ここまで来ると市村氏の個人的「恨み」、占領対策に対する「憎しみ」
の強さが顕わになっている。市村氏が言いたいことはわかるし、頷く面もあるが、しかし根本的に僕に不明なのは、
それほど現在の教育は悪いのだろうか、という事である。確かに、様々な問題はあるし、色々な事件も起きているのも知っている、
でもそれでもなお市村氏の語りを聞き感じるのは、彼のヒステリー的な反応でしかない。つまり、市村氏の語りには、
過去への郷愁と回帰が根底にあるが、時代はその方には流れていないのではないか、という思いである。
「知育」、「体育」、「徳育」、大いに結構ではある、しかしその根底に、人間の世界は多数性であり、1人1人が個別であり、得難く、
かつそれぞれがそれぞれの生を満足しようと生きている、そのことがあるべきで、「徳育」という名の「国のために死ぬ」
的な教育はごめんである。逆に「国のために生きる」ことは「自分の生を充分に生きる」ことと同じ事だ、くらいな「徳育」であれば、
僕としては結構なことだと思う。
道徳の教科書も、仮に作るとすれば、思考する事、ものを考える事、 そういう事に力点を置くべきだと信じる。と言っても、そういう内容であれば、市村氏からしてみれば、 既に道徳の教科書とも言えないかも知れないが。
そう考えていくと、今の学生の有り様は、現代を写しているとも思えるのである。 つまりは、片方に根強く市村氏がコラムで語られた考え方があり、しかし実際にはその方向には向かってはいない、 でも流れをその方向に変えようとする力が、今の政府の中にあり、そこから現実との間に歪みが生じ、 結果的に教員と学生に現れているのではないか、ということである。恣意的な言葉の羅列は美しいが、美しいが故に、 言葉が一人歩きをする場合も多い、もっと技術的に考えていった方が良いのではないかと、僕は思う。
市村氏にとってみると、現在の日本は荒廃した心の人々の集まった所、 と見られているのかも知れない。でも1人の人間の生を考えた時、老婆心ながら、 そのように世の中も見る彼の心の不幸を偲ばずにはいられない・・・
追記:本記事で「Amehare's MEMO」も500エントリーを迎えた。 しょうもない事ばかり書いてはいるが、それも500となると、良くも悪くもよく書いたものだと思う。
スーザン・ソンタグ「写真論」読書以前に
飯沢耕太郎氏は彼の著書「デジグラフィ―デジタルは写真を殺すのか? 」(2004年)で、 デジタル画像をフィルムによる写真と区別するため、「フォトグラフィ」ではなく「デジグラフィ」と呼ぼうと提唱している。 幸いなことにその言葉が一般に流布することはなかった。
タイトルに惹かれ読もうと思ったが数ページ読み本を閉じた。「デジタルが写真を殺すのか?」という副題を付けるのであれば、 著者にとって「写真」の定義を明確にする必要がある。 そしてその定義がデジタル化により崩される状況を読み手に説得させなかければならない。それがなければ、 その刺激的な副題は単に商業的な意味しかないと判断されても致し方あるまい。無論、 最後まで読み切れなかった僕が言うことではないのではあるが。
フォトグラフ(photograph)のフォト(photo)はギリシャ語の「ひかり」を意味する「φωτοs」(フォートス) を語源に持つのは知られている。写真術が、光とそれに感応する物質との化学と物理作用がその技術の根本にあることを考えれば、「光の画」 を意味する言葉「フォトグラフ(photograph)」の命名は適切なのかも知れない。
でもその単語「フォトグラフ」の命名が技術的な理由でのみ語られるとすれば、これはあくまでも僕の想像の域を超えてはいないのだが、 単純すぎるようにも思える。
「初めに、神は天地を創造された。 地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。 神は言われた。 「光あれ。」 こうして、光があった。」
旧約聖書の創世記1章冒頭の一節である。
神の最初の言葉は「光(フォートス)あれ」であった。神と共に言葉 (「λογοs(ロゴス)」があり、その言葉から「光 φωτοs
(フォートス)」が産まれる。ヨハネ福音書では神と共にあった言葉 (ロゴス)と光(フォートス)
にはキリストが宿っていたと語られている。写真術が開発されたとき、そしてその術が「フォトグラフ」と名付けられたとき、
キリスト教圏の人びとが旧約聖書の、もしくはヨハネ福音書の言葉を意識しなかったとは僕には思えない。
そして幾ばくかの神に対抗する意識が「フォトグラフ」への命名に繋がった、そういうこともあったように思える。
神の真の光「フォートス」は、近代の技術により写真術となった。それでは「ロゴス」はいったい何になったのであろうか。
写真術が開発された1839年から現在に至るまで写真が求めることは変わらない、と僕は思う。それは「ただそこに在る何か」 を写し撮ることである。そしてそれにより人間が「世界」を収集しえた、現実を把握しえた、と感じ取れるまで、 おそらく写真は撮り続けられるのであろう。そして写真を撮る眼差しの根本には神の眼差しが潜んでいるようにも思えるのである。
しかし日本において、写真の登場は西洋とは違っていた。江戸末期、写真術が日本に入ってきたとき、既に「写真師」 と呼ばれる人たちが存在していた。明治の始まりと共に日本の近代は突然に始まったのではない。 それは江戸末期から徐々に社会の変化はあったのである。当時はちょっとした旅行ブームで、旅行代理店なども存在していたという。 旅行者は、旅行する際に自分の似顔絵を細密画絵師に描いてもらった。そしてそれを「写真」と呼んだ。元々、「写生」と「写真」 は中国の画論から派生した言葉であって、そこには明確な違いがあった。西洋からの「写真術」渡来により、「写真師」 は徐々に絵筆からカメラに道具を変えていった。そして「写真」という言葉が残った。
「もちろん「写真」という言葉は、いわゆる写真、すなわちフォトグラフィーの訳語となるずっと前から、物の「真を写す」 という意味で用いられていた。もともと中国の画論からきた概念であるが、中国では花鳥を対象とする「写生」と、 道釈人物を対象とするこの 「写真」という言葉が使い分けられていたものであったが、 日本ではどちらの言葉も山水花鳥人物のいずれにも用いられてきた。」
(「幕末・明治の画家たち 文明開化のはざまに」 ぺりかん社 編者:辻惟雄)
日本の「写真」黎明期に忘れてはならない人物がいる。下岡蓮杖や横山松三郎、内田九一のことである。彼らが「写真術」
に至る経緯はその後の日本の「写真」を考える際に極めて象徴的である。一人は化学者から、一人は写真師(絵師)からの転職なのである。
つまりは、日本において「写真」とは「科学的」な見方と「芸術的」な見方の双方が、
時代と共にどちらかが重みを持ちながら歩んできているのだと思う。一方は、フィルム・レンズそして露出と絞りなどの化学・
物理的要素に重みを置き、もう一方では構成と色と被写体深度に重きを持つ。両者とも重要ではあるが、西洋との決定的な違いは、
「フォートス」の意味に対する重みであろう。日本には幸か不幸かそういう呪縛はなかった。「写真師」
の仕事に使う絵筆に変わる道具として登場し、それ故「フォトグラフ」は「写真」と訳され現在に至ることになる。
「フォートス」の意味に対する呪縛が無いことは、別の見方をすれば、日本の写真術発展史の中に、
西洋における一つの革新的な意識の変化はなかったことも意味する。それが日本の今に通じる写真の状態が現れていると、
僕には思うのである。つまりは、江戸後期に登場した「写真師」の延長線上に「写真家」は存在している。
無論これは根拠無い僕の直観ではあるが。
飯沢氏が言うように、「デジタルは写真を殺す」ことはない、と僕は思う。もともと西洋が意識する「写真(フォートス)」
はなかったのだから。世界にある数多いカメラメーカーの中で、日本のメーカーがデジタル化への移行が速やかに行われたのは、
単に技術的もしくはビジネス面だけで捉えられるべきではないと思うのである。ただ、デジタル化への移行により、
日本において殺されたものは確かにある、そしてその中に「写真家」が入るのは間違いないとも思っているが、大したことではあるまい。
ただデジタル化により、数量面及び技術面から、写真の位置づけに大きな変化が行われ続けているのは事実だとは思う。
スーザン・ソンタグの「写真論」が捉えた射程の長さは、
本評論が現在の日本における写真評論家達に与えている影響の強さを考えれば事足りる。2004年出版の書籍「写真との対話」
(近藤耕人編)の中で、「あらためてソンタグの「写真論」を読み返してみて、現代においても少しも古びていないことに驚いた」、
みたいなことが書かれてあった。少なくとも誰彼の著作に関わらず写真に関する考察が日本に乏しいことは事実ではあるが、
その理由として僕は前段で述べた、ソンタグの「写真論」に捕らわれ続けている日本の写真評論の現状が垣間見ることが出来る。
ただ僕が言うのは僭越ではあるが、仮にソンタグが現在に存命で活発な活動を続けていたとしたとすれば、おそらく「写真論」
の内容は大きく変わったに違いない、と思うのである。それはソンタグが冒頭の語り、それがソンタグの出発点である限りに置いて、
変わらずはおえない状況が現代にあるからだと僕には思える。
「この飽くことを知らない写真の眼が、洞窟としての私たちの世界における幽閉の境界を変えている。 写真は私たちに新しい視覚記号を教えることによって、なにを見たらよいのか、 なにを目撃する権利があるのかについての観念を変えたり、広げたりしている。写真は一つの文法であり、さらに大事なことは、 見ることの倫理であるということだ。そして最後に、写真の企画のもっとも雄大な成果は、 私たちが全世界を映像のアンソロジーとして頭の中に入れられるという感覚をもつようになったということである。」
(スーザン・ソンタグ 「写真論」 近藤耕人訳)
ネットおよびそこに展開するWEBの状況を鑑みたとき、現在において「写真」にそこまでの力があると実感は出来ない。問題なのは、
その写真に辿り着くまでのアクセスなのである。アクセスへと及ぼす行為にこそ、そこにイデオロギーがあり、そして何を見たらよいのか、
つまり何を知ったらよいのかを規定している。
現代においても「写真」は一つの文法であろう、でもそれはそれに付随するキャプションにより変化もする
(これについてはソンタグも語っている)。でも如何に優れた写真とキャプションであっても、人に見られなければ何の意味もない。
現在において文法となり、我々の倫理観を規定しているのは、日夜垂れ流されるネット上の情報であり、
蓄積されネット上でいつでも参照可能な映像である、それへのキャプションとなるブログを含めた各種メディアの存在なのだと思う。
忘れていけないのは、グーグルなどのネットにおける検索システムが、展開する国家の要請によりフィルターをかけている事実である。
そのフィルターは検索システムを提供する企業自体でもおこなう場合もある。例えば、二十世紀の代表的な写真の一枚である天安門事件の
「戦車を止める男」の写真は中国国内からアクセスは出来ない。無論、
チベットなどへの侵攻における惨状も写真などが検索できるとは思えない。
またソンタグも言っているが、写真の意味は、常にその写真の後からついてくる。写真の意味を変えるのも国家を含めた権力であり、
もしくはその時点で主流となるイデオロギーに他ならない。アクセスへの方向を左右する力とイデオロギーが意識的に結びついたとき、
おそらく我々の進むべき道は、選択が与えられているかのようで実際は操作されている、そんな状況に陥るのだろう。
しかも写真自体、本来的にバイアスがかかっているものなのだと思う。しかもそのバイアスは無自覚なことが多い。写真を撮るとは、
写真に撮られない現象があると言うことであり、その現象を撮さなかったということから写真家は逃れることが出来ないのだと思う。
「さらに、忘れてならないのは、「ナショナル・ジオグラフィック」誌が創刊から8年目の1896年に、 果敢な決断を下している点だろう。この年、本誌は世界の人々をありのままの姿で伝え、 写真に細工を加えるようなことをしないという方針を打ち出している」
(「ナショナル・ジオグラフィック傑作写真ベスト100」 編集長 William L.Allen)
「写真に細工を加えない決断」がそこにあったとしても、数万の写真の内から編集者が選択しキャプションを付けた時点で、 その写真はメディアが意図するイデオロギーを補強する部品となる。「世界の人々をありのままの姿」とは一体どういうことなのだろう、 それが一つのオリエンタリズムに陥っている可能性を誰が否定できるのだろう。ナショナル・ ジオグラフィック誌は確かに良質な写真を世界に送り続けている、でも僕にとってはそれはあくまでも写真の「リーダーズダイジェスト」 なのである。そして、僕にとって最も恐ろしいのは無自覚な思考である。
だからといってソンタグの「写真論」が、もしくは写真について語ることに意味が無いとも思わない。逆に各先達者を踏まえて、 現状における「写真の考察」を新たに行う必要があると思っている。そして、そこに考慮を加えるとすれば、 ソンタグの活躍した時期には想像も出来ないほどのデジタルカメラの普及だと思う。デジタルカメラはあらゆる道具に装着可能であって、 携帯電話に付いたデジタルカメラはネット上の一つのノードとなり空間を瞬時に無効化する。 ネットワーク的な視点での写真論の登場が必要なのだと、僕は思う。そして、前段の僕の意見に矛盾するかも知れないが、 少なくともソンタグの「写真論」の解釈次第で、それらも射程に入るか糸口が存在する可能性があるように、僕は思っている。
冒頭に戻るが、「デジタルは写真を殺すのか?」という質問は適切ではない。そもそも現代の日本に置いて「写真」 を語ることに意味があるのかという質問の方が、写真評論にとっては重要なのだと僕には思える。しかし現在でも写真評論家は、 写真専門誌上で「写真」だけを語る。彼等の射程の短さは、単に「写真」が人間の趣味の一つとしてしか、 その位置が許されていないかのようである。故に「写真論」は現在の日本では全く浸透していない結果となってしまったとも思えるのである。
「写真の考察」をなおざりにしてきた日本の現状が、諸外国の各著作者達の「写真論」の邦訳が滞っていることにも現れている。 2004年出版の書籍「写真との対話」(近藤耕人編)で中心となるのは、ベンヤミン、バルト、ソンタグの写真論御三家でしかない。 そしてその中での対談で、写真家畠山直哉氏は語る。写真家の存在自体が無くなっているのではないかと。求められているのは、 現代に即した、新たな写真への考察であり、その理論に基づき撮された写真なのである。 それには写真のことばかり考えている状況から脱しなければならない。そしてそれが現代の「写真家」 に求められていることなのではないかと、僕には思える。つまりは人間にとって重要なモノの一つである写真の状況を堕としているのは、 写真の専門家達なのだ。
この拙い記事は、僕が写真のことを考える出発点にする思いで書いている。だから僕が「写真の考察」を行う際の問題とする面をあげ、 僕なりの答は殆ど書いていない。「何故写真を語ることに意味があるのか」という問いに対してもなおざりにしたままだ。ただ「見る」と 「知る」はギリシャ語では語源を同じにすると言うことと、「知る」ことが人間の「活動」の元だと思うのである。それに写真とは、 それを人に見せた段階で多かれ少なかれ政治的なものに変化するのだとも僕は思う。答えになっていないが、 出発点としてはそれで十分だろう。
「インセンティブなければワンセグの普及もない」という発想
少し前にauが「LISMO」を発表した時、僕は興味を持って詳細を気にした。
auが音楽を携帯電話の主要機能にするという噂が流布した頃、その噂の少し前に購入したW32Sが当然に「LISMO」
に対応できると思いこんでいたからだ。
僕は単純に携帯電話とPCが接続できさえすれば、あとはPCと携帯電話のソフトウェアの仕事だと思っていた。でも実際は違っていた。 「LISMO」に対応するには「LISMO」対応機種でなければならなかった。
少し考えれば、現行携帯キャリア達のビジネスモデルとして、新機能は新機種によって実装される事くらい解るはずであった。 でもその時は期待というか希望があった為、内心ガッカリしたのを覚えている。
いつまで携帯キャリア達は、このスタイル、新機能は新機種にて実装される、を続けていくつもりなのだろうか。
矢継ぎ早に繰り出される携帯の新機能、それは安易に新機種で実装され、それがMNPを利用する側の動機にも成り、 かつ機種変更などで既存利用者を囲い込む。
そしてこのスタイルを続ける要として「インセンティブ」があるのは間違いない。つまり高価な携帯端末にて新機能を実装したとしても、 購入者の絶対数が少なければ企業側メリットも少ないというわけだ。
さらに日本のMNP制度自体も「インセンティブ」ありきが前提になっているとも思う。また利用者側も携帯電話購入時に、当然に 「インセンティブ」ありきの端末価格を想定している。
しかも新機能は、一般にパケット量が増大する傾向がある。ゆえに、二段階定額制を敷いているauの場合、 常に最大の定額料金支払いに繋がる。企業にとって見れば、従量制での不安定な収入より、しかも高額請求の場合徴収するのにコストもかかる、 固定収入の方が安定しており計画も立てやすい、さらに個別では少ない請求なので徴収しやすい面もある。
「インセンティブ」は携帯キャリアの、特にauにとっては、携帯ビジネスモデルを維持するための重要なツールなのだと思う。 そしてそれは、キャリアだけに限らず、数多くの携帯端末販売店を産み出し、それを購入する人達を巻き込んでの話でもある。
一見すると、企業側、端末販売店、行政側、さらに利用者の総てが満足する制度のように思えてくる。でも本当にそうなのだろうか。 僕にとって見れば、一つの携帯機種を長く使い続ける多くの利用者が不利益を被っているように思える。
当たり前のことだが、各携帯キャリアが「インセンティブ」が出来ると言うことは、 そのコストをある程度の短い期間で回収できると言うことでもある。そしてその回収には、 機種変更を殆どしない人達からの企業利益も含まれているに違いない。
一度統計データを見てみたいと思う。機種変更の回数とサイクル期間、及びそれぞれの利益率などだ。僕の勝手な予想では、 機種変更を多く行う人と行わない人のグループがきっちりと分けられると思う。つまりは、機種変更行う方は頻繁に行い、 行わない人は数年間同一機種を使い続ける。そういう構図の中で「インセンティブ」の持続可能性が成り立つと僕は思う。
また別の見方をすれば、「インセンティブ」は、畢竟、端末の売り方の一つに過ぎない。 そして売り方には様々な仕方が現有するのも事実である。例えば、リース方式でも、ローン方式でも良い、顧客が新機種を購入しやすく、 しかも購入者の負担のみで賄える仕方は、アイデア次第でいくらでもあると僕は思う。
さらに「インセンティブ」でメーカーもしくは販売店に支払っていた「インセンティブ」用の原資を、 携帯利用者にあまねく利益還元するべきだとも思う。具体的に言えば、通話料ならびにパケット料等の減額の事だ。
ついでに言えば、携帯端末のより高度な標準化仕様の構築により、 新機能が新機種により実装する頻度を出来るだけ少なくする様に配慮するべきとも思う。
これら3つの事項を積極的に進めること。それが日本の携帯事業を長く発展させる原動力になっていくと、私見だがそう思っている。
その上で先だってのW44S発表会でのKDDI小野寺社長の言葉、「インセンティブなければワンセグの普及はない」、はいただけない。彼らがワンセグの普及に社会的意識をどのくらい強く持っているのか僕にはわからない。 確かに小野寺社長の言っていることはある意味正しい。しかし正確ではない。
正確には「インセンティブなければワンセグの急激な立ち上がりもない」と言うべきだと思う。技術は必要であれば使われていくが、 必要としなければ消滅する。ワンセグの技術的な詳細を僕は知らない、でも様々な携帯端末に合わせた仕様となっていると推察する。 故にワンセグは、もともと仕様的には携帯系端末に広まる可能性を秘めている。後は市場が判断すると言うことだと思う。 (自由市場経済主義を僕は信奉しているわけではないが、ワンセグの場合は市場に委ねる表現が使えると思う)
小野寺社長がW44S発表会で「インセンティブ」の話と「ワンセグ」の話を結びつけたのは極めて単純な話だ。総務省から 「インセンティブ」見直しが提言されていると言うことと、ワンセグ技術には周波数割当管理元である総務省が絡んでいるからだろう。
小野寺社長の発言は、いわばワンセグを人質にとって総務省に物申す姿勢に近い。携帯キャリアにとって、 ワンセグを携帯端末機能に付加しても、それがパケット料などに結びつくことはない。だから、ワンセグ携帯端末を販売することは、 他社との競争もさることながら、気持ち的には総務省の意向を受けてがあるように思う。それ故の発言だと僕には思える。
僕にとって、それらの事柄は特に気にする事ではない。僕が小野寺社長の発言で気になるのは、何故、総務省との関係からくる発言を、 利用者が注目する新機種発表会で行ったのかと言うことである。
その発言という行為自体が、「インセンティブ」を利用者があまねく支持している、という事を、 各携帯キャリアが信じている事の証左のように思えるからだ。少なくとも僕は、携帯が価格的に見て買いやすいのであれば、特に 「インセンティブ」に拘るつもりは全くない。それは前記に述べた通りである。
だから小野寺社長の発言は、「インセンティブ」を続けるため、利用者を巻き込んで、いわば共犯者に仕立てられているような、 そんな気分になったのである。
さらに、この長く続いた「インセンティブ」に固執する様が、auもしくは日本の携帯事業自体が硬直化し、 新たな展開を産みづらい状況下にあるように思えてくる。本来、新機種発表会にて、僕などが望む姿は、今後の携帯事業の展開であり、 その流れの中で、今回発表する機種の位置づけである。残念ながら、そういう発言はauに留まらず、あまり聞かない。 携帯事業の将来展望で聞くのは、飽くなき機能の追加でしかない。
既に日本の携帯事業は、ある意味「イノベーションのジレンマ」に陥っているかのような、そんな気さえしてくる。
僕は個人的に言えば、au利用者だし、auを使い続けてきている。だから本当は応援したいのである。 この記事も気持ち的には応援のつもりで書いている。
究極のカメラとは
カメラとは何か、と問うつもりはない。ただ僕はカメラをブラックボックス化して見ている。 ブラックボックスとしてのカメラには入力と出力がある。入力パラメータを与えれば、それなりの出力がなされるというわけだ。
入力パラメータは数多くある、例えばレンズ、露出値、絞り値、シャッター速度、等々である。 それらは殆ど数値化が可能なパラメータとなる。最近のカメラの殆どは写真を撮る状況に合わせて、ボタン・スイッチなどで、入力パラメータを自動的に設定できるようになっている。
「人物」、「風景」、「ペット」、「スポーツ」等々と、その呼び方はメーカそれぞれだが、概ね同じだと思う。そしてそれらとは別に、オールマイティなモードもあったりする。
これらの一連の入力パラメータ設定プログラムは考えると凄いことかも知れない。例えば「人物」を選んだとき、 撮影者が誰でどのような行動と状況・環境の中で写すのかは全く知らない中で、プログラムは「人物」 を写すのに適した情報をカメラに入力しているのである。逆に言えば、 撮すという人間の行為は、フレームワークとしてプログラミング可能であるということだし、実際にそれは既にカメラに搭載されているのである。
カメラをブラックボックス化し、入力部分と出力部分に切り分けるとき、もう一つ僕にとっては重要なことがある。 それはこのブラックボックスは入力パラメータが無くても撮すことが可能だと言うことだ。
そうしたとき、では写真を撮るという行為の主体は一体誰と言うことになってくる。 つまりは撮影者はブラックボックスへの入力情報を与えるのみに過ぎなくなるし、 それさえもカメラ自体が内包する各プログラムによって代行することが出来る。
さらにいえば、今ではブラックボックス内にも様々なプログラムが稼働し、与えられたパラメーター値から、 人が見て美しいと思われるように画像を変換している。
おそらく人間が造りだしたにも関わらず、理論も単純なこの道具は、ある意味人間を拒み続けている道具でもある。
現行のカメラの流れは誰もが予測できる範囲にある。即ち、デジタル化の方向はさらに進むであろうし、 携帯電話内蔵とコンパクト型カメラとデジタル一眼の方向性は違ってくるだろう。携帯電話のカメラは画像の品質は高まるとは思うが、 使う側はあくまでも暫定もしくは緊急時の撮影用途になると思う。コンパクト型カメラは高品質化とコンパクト化、 及び操作の簡略化は進むことだろう。デジタル一眼は、35mmフルサイズへと拍車がかかり、かつ安価になっていくことと思う。
でも上記の流れは、究極のカメラを考える際には無用の予測でもある。本質的に言えば、 カメラのブラックボックス化と入出力のモデルは何ら変わりはないと思うからである。 携帯電話搭載のカメラからデジタル一眼の一連の機種の違いは、入力パラメータの数と量の問題にしかならない。
藤子不二雄のマンガに様々な未来のカメラを描いた作品がある。それら荒唐無稽のカメラも、実現可能とは思えないが、 前記のカメラのモデルの延長線上にあるので、結果から言えば、カメラと人間の関係は現行のカメラと同等でしか過ぎない。
究極のカメラとは、恐らくカメラのブラックボックスと人間の通信によって得られることになると僕は思う。
カメラの話をする前に人間の身体の新たなデザインの話をすべきかもしれない。人間は様々な道具を造り、身体機能の拡張を行ってきた。 でもそれらの道具とは、たとえて言えばマジンガーZのポッドもしくは、鉄人28号のリモコン装置のようなものでしかなかった。 それらは入力に対する結果を行動もしくはメッセージで人間に通知するのみだった。
今回飲酒運転事故をメーカ側から防止する提案として、 アルコール濃度を車のセンサーが感知して一定濃度であれば車が動かない機能を追加する旨の記事を読んだ。これはおそらく今までにない、 新たな道具と人間の関係を構築するとっかかりになるように思う。今まで人間の健康状態を入力パラメータとして受け入れる道具は、 一般市販には無かったように思えるのである。
カメラと人間との通信は、ブラックボックスへの入力パラメーターに、操作する人間の主観が新たに加わることになる。その結果、 カメラは様々な入力パラメータを直に設定することなく、文字通りに撮影者が「見たまま」に出力される事になる。
逆に言えば、ある人物を写真で撮ったとき、撮影者との人間関係も推察できるようになると言うことでもある。 従来のプログラミングされたモードでは、人物を撮影する環境等をフレームワークとして提示するのみであり、 撮影者との人間関係という内容は意味がなかった。しかしこのカメラではその内容も写し出されることになる。
その結果、このカメラの出力となる写真の権威性は著しく落ちることになるのであろうか。その可能性は否定できない。しかし、 例えばジャーナリスティックな写真が我々に衝撃的な印象を与え、何らかな行動を我々に促すとき。 その写真が撮影者の意図を反映した結果であることは、現在の我々は十分に知っている。
さらに主観が入力パラメータとして設定されたとしても、画像が大幅に変わることでもない。 リンゴを幾ら撮してもミカンに写ることはないと言うことだ。だから、写真の権威性はそれほど損なわれることもないだろう。
人間とカメラのブラックボックスとの通信はいかにして行われるのであろうか。それは全体の流れで言えば、前記に述べたように、 道具と人間の関係が根本から変化する過程の中で行われる。人間は身体機能の拡張において止まることを知らない。具体的に言えば、 身体にチップなどを埋め込むことから、外部に装着するまで、様々な仕方があることだろう。チップの埋め込みは既に流れとしてあるが、 それらの考察は別途行いたい。