猫の話題

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犬の散歩、それは恐ろしい体験

Date
2006-07-18 (火)
Category
写真 | | 猫の話題 | 遊び

on fence

公園に行くと犬連れの人が目立つ。犬を飼うというくらいだから、連れて歩いている人は皆犬好きなんだろう、などと愚にもつかぬ事を思う。

犬好きは、公園の散歩などで、お互いに犬好きであることがわかる。猫好きの場合はそういうわけにはいかない。自ら「私は猫が好きです」、 と宣言をしなければ、互いに知るよしもない。だからといって、そんな宣言をする人もいない。

一度だけだが、家で飼っている猫を公園散歩レビューさせようと思ったことがある。冗談ではなく真面目にそう思った。 そして猫の散歩用の紐(ちゃんと売っている)を買ってきた。でも試みる以前に、しばらく猫と過ごし、それは叶わぬ夢であると思った。

でも今では、猫が犬の様に散歩をしなくても良いことが何よりも嬉しい。猫との生活は、必要以上に干渉しないこと。干渉せずとも、 見ているだけで、側にいるだけで楽しい。

一度友人宅に行ったとき、その家で飼っている犬の散歩を頼まれた。何で僕がと思ったが、夫妻はそろって用事があるという。 お互いに気心が知れた仲だし、別に頼まれたことで嫌な気分になることもない。

外では黒くて大きな犬が、「キャンキャン」と散歩に連れて行けと吠え続けている。聞けばここ2・3日散歩をしていないらしい。

「ストレスが溜まっているんだなぁ」、などと友人が他人事のように言う。

「おいおい、それを僕に連れ出せと言うのか」、少しだけ怖じ気づき僕は言う。

友人はにやにやと笑っている。その顔で僕は苦笑し、なんて奴だと友人を見る。

一応歩くコースを教えてもらったが、見知らぬ土地で具体的に言われても、言われた方が困る。 まぁ犬が帰り道くらい覚えているだろうと高を括る。

僕はその時まで一度も「犬の散歩」なるものを経験したことがない。公園などで見かける姿は結構優雅である。 しかしこの犬は凄かった。今までの僕の犬の概念が根底から覆されたのである。

犬の散歩があれほど力を必要とするとは知らなかった。おそらく犬にとっては見知らぬ人間、 つまり僕などは初めから眼中になかったのだろう。静止の言葉も聞かず、逆に俺に続けとばかりに、僕を引っ張り、自分の行動を譲らない。

これじゃあ犬の散歩か僕の散歩か区別が付かない。しかも友人宅からどんどんと離れていく。そんな時、不意に犬は立ち止まり、 鼻を地面にこすり臭いを嗅ぎ始めた。そしてその後の小便。そしてまた僕を引っ張り歩き始める。そして止まり臭いを嗅ぎ小便。 その組み合わせを5回以上は繰り返したと思う。僕はただ呆れるばかりである。

まずは、よくもまぁこんなに小便が出るものだという驚き。この犬は必要な時に小便を出す特技でも会得しているのだろうか。 もしくは出すと止るを自分の意志でコントロールできるのだろうか。それともこれが犬の特性なのかもしれない。 もしそうだったらこいつは凄い。

犬の行動は、多分、自分の縄張りを小便で宣言していると思う。しかし公園での見かける犬の散歩で、同じ仕草を見かけたことがなかった。 逆に動物として縄張りを宣言するのは必要なことなのかもしれない、などとあらためて僕の前で臭いを嗅いでいる犬を見てそう思う。

そうすると今まで僕が公園で見てきた犬たちは、あれは一体なんだったのだろう。

見知らぬ土地で、犬に引っ張られ、どんどんと友人宅から離れ、しかもあたりは夕闇が近づいている。そんな中で僕は、 そんなことくらいしか考えられないほど、この犬の従者になりつつあった。

この話の結末はどうなったのか。それはありきたりの話だが、友人がいつまでも戻らぬ僕等を気にして、 犬が行きそうな場所に来てくれて僕は解放される。

二度と犬と散歩はしたくない・・・

ジュニアの年齢

Date
2006-07-08 (土)
Category
写真 | | 猫の話題

side face

帰宅時に玄関を開けると足下にジュニアがいた。出迎えてくれたのかと内心喜んだが、そんなことはなく単に表に出たいだけだった。 おそらく僕の足音で玄関がすぐに開くのがわかり、しばらく玄関前で待機していたのだろう。

5月頃からジュニアは何かといえば表に行きたいとせがむ。本当は表なんかに出したくはないのだが、 扉もしくは窓の開き閉めなどで隙を見てするりと表に飛び出す。家の中にいればいいのに、今の時代は猫にとって表は危険だよと、 ジュニアに向かって語りかけるが、彼は聞かぬ振りをして足早に塀を伝ってどこかに消えていく。

家の中でのジュニアの姿は主に寝ている姿である。それはそれで見ているだけで安らかな気持ちになるから不思議なものだ。

たおやかな蜂のような背中。
ときどきぴくりと動く耳。
丸まった足の裏からのぞいている肉球。
おれの無口なペン先で
とても描写出来ないほどとらちゃんは愛らしい。
彼女がおれの罪を
洗い流してくれるのかもしれない。
そんな予感めいたものも、  
ちらりとだがある。  
(「おれの罪を洗い流せ」 中島らも から引用)

中島らものとらちゃんに対する気持ちは僕に真っ直ぐに届く。そして猫のこと、ジュニアのことを沢山書きたいのに、 変に気取る僕は容易にブログに猫達のことを書かないのに気が付く。

ジュニアは既に10歳を越えていると思うが、実は指折り数えなければ正確な年齢を普段は言い当てられない。 人間であれば年齢と共に容姿もそれなりに変わっていくが、猫の場合も変わっているのだろうが、 僕にはよくわからない。 常に僕の前にいるジュニアは、成長が止まった時から何も変わっていない。そんな風に思っていた。

ところが若い頃の写真と較べてみると、確かにジュニアは歳をとった顔になっているのがわかり、少し愕然とした。「愕然」 とは大袈裟なように聞こえるかもしれないが、確かにその時の僕は「愕然」としたのだ。上の写真は現在のジュニアの写真である。 昔に較べ白髪が確実に増えている。

愕然としたのは、丁度子供が親が老けたのを知り内心狼狽える心境と同じだった。僕の悲しみ、喜び、 様々な事象の中での気持ちの拠り所として、知らぬ間にジュニアに寄りかかっていた。そういうことなのだろう。

お前も歳をとったんだなぁ、とあらためてジュニアを見て僕は思う。 僕の罪をお前は洗い流してくれるか。 いやいやお前はもう十分にしてくれた、僕が頼りなくて悪いなぁと声をかける。その時のジュニアはきょとんとした表情をして、 それから煮干しをくれとせがんだ。

追記:今月(2006年7月)、中島らもの三回忌を迎える。
関連:中島らも オフィシャルサイト

都会に住む猫を見つめる視点で

Date
2006-05-28 (日)
Category
写真 | | 猫の話題 | 社会

he lives in the park Originally uploaded by Amehare.

ここ数日は雨が続き、今日久しぶりに晴れた。しかも日曜日、公園は今までの憂さを晴らすかのように人で溢れかえった。犬連れの人も多く、様々な種類の犬たちが飼い主と一緒に歩いている。楽しい一時を過ごす彼等の中で、おそらく公園に住む猫たちのことを気にかける方は少ない。

平成の教育法改正により日本の伝統音楽を学ぶ時間が増えた結果、猫泥棒が横行した。彼等は和楽器の材料として猫たちをさらった。動物愛護改正法が施行されてからは猫泥棒は少なくなったが、それでも猫たちを動物実験などの為に連れて行く人は今でもいる。

2001年から2年、公園では猫の殺害事件が頻発した。それを憂慮する有志が警察に被害届を提出した。しかし時は祖師谷の世田谷一家殺害事件捜査の真っ最中で、猫たちの殺害事件どころではなかった。

今でも時折公園で猫は殺される。傾向としては快楽殺害的な方向にいっているらしい。猫は殺され、そして人目の付くところに放置される。猫の死骸を目にした人の反応を楽しむのである。他にも犬に噛まれて殺される猫も多い。猫たちの動向は人間社会の動向に敏感に反応する。むしろ真っ先に影響を受けてるのかもしれない。猫が殺される社会。そして今では幼児が殺される。その関係を結びつけるのは考え過ぎかもしれない。年間数万人が行方不明になるこの国で、猫が殺される事を過大評価するつもりもないが、やはり何かが繋がっているかのように僕には思える。

公園横の大学の先生が毎日決まった時間に猫たちの餌を与えに来る。その方によれば、多いときで15匹以上の猫が食事をとりにきたそうである。今日は2匹しか来ていなかった。「公園の猫の天敵は犬と人間です」、先生はそう語る。

猫が人間と生活し、今では人間と共に暮らさなければ猫は生きてはゆけない。公園の猫にとって天敵は人間かもしれない、でもやはり共に助け合い生きてゆけるのも人間なのだと僕は思う。


モノクロと言う名前の猫

Date
2006-05-26 (金)
Category
写真 | | 猫の話題

Mono-Kuro Originally uploaded by Amehare.

彼女は美しい。座っている姿、佇んでいる姿、どの姿にも僕には気品を感じさせる。見ていて飽きない。そして僕が見ていると、モノクロもじっと僕を観察している。

名前の由来は白黒の「モノクローム」からだと、名付け親である方に聞いた。モノクロは公園で生まれ育った。片方の眼は生まれて間もない頃に事故にあったという。事故の内容は聞いてはいないが、外で暮らす猫にとって大きなハンデであるのは間違いない。

どことなく家のジュニアに似ている。だからこそ僕はモノクロに愛着を持つのかもしれない。白黒の猫は身体が大きくならない、端正な顔立ちをしている、あまり泣かない、等と聞いたことがある。その言葉に漏れずモノクロも身体は小さい方だ、そして無口である。モノクロがじっと僕を見る目線に耐えられず、僕は思わず目線を外す。そして外したことに少しだけ戸惑う。

モノクロは生きている。懸命とか頑張ってとかの形容詞は彼女には無縁の話だと思う。それは人間達の思い込みでしかない。生きる、とりあえずそれだけ。でもその他に何が必要なのだろう。

またモノクロに会いに行こう。今度こそ約束の食事を持って。


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公園の猫

Date
2006-05-25 (木)
Category
写真 | | 猫の話題

cat on ume tree Originally uploaded by Amehare.

目の前を走り横切る猫がいた。梅林のほうに向かっている。梅花の時期は当に過ぎ去り、葉が生い茂る梅は白や紅の花を咲かせたことなど想像もできない有様である。勿論それはそれで葉と葉の間に実る梅を含め風情を感じるのではあるが、初春のころとはまったく違う。

葉で密集した梅の木は、幹が支柱となった旧式のテントのように、中は適度な空間がある。公園の猫はそこに身体を休めに来るのであろう。

僕はその猫の後を追いかけた。やはり猫は梅の木の中に入って行き、根元から2mくらいの高さにある太い枝で落ち着いている。忍び足で近づく。でも猫は持ち前の鋭い嗅覚と聴覚で僕の侵入を見逃しはしない。ぱっとこちらに振り返る目は、驚き以上に恐怖がそこに宿っていた。

「怖がらなくてもいいよ。写真を撮るだけだからね」と言いつつカメラを向け写真を撮る。それがこの写真。これを撮った後、猫は素早い動作で別の梅へと移動していった。悪かったかなぁとその姿を見て少し思った。


新たなAmehare's MEMO

Date
2006-05-19 (金)
Category
amehare | 写真 | | 猫の話題

...the hope of you opening.. Originally uploaded by Amehare.

ジュニアが扉が開くのを待っている。扉の向こうには何が待っているのか、勿論ジュニアは知っている。内には雨露がしのげる場所があり、暖かく、食事も出来る。何よりもジュニアにとって内は重要なテリトリーでもあるのだ。しかしジュニアはドアを自らの力で開けることは出来ない。ジュニアにとって不条理な状態なのは間違いないが、しかし彼はそれを受け入れているかのようだ。でもこの状況は僕にとっても同様だと思う。扉は大概は自分以外の誰かの手によって開けられる。ジュニアと違うのは、僕は扉の内に何があるのかを知っていない。

今回自分のブログを本サイトに切り替える事に決めた。決めた理由は色々とあるが、つまるところ写真と文章の二つのブログの投稿規模の偏りをなくすために一本化したかったという自分の趣味でしかない。写真ブログは写真を撮るという行為を考えるために立ち上げた。それは写真のコメントを綴ることにより見えてくると僕は思ったのである。でもこのことはその他についても、人間の行為の基となる原理を模索するという点では同様なのは間違いない。つまり写真専用のブログを進める中で、自分の中にある種の欲求不満が芽生えてきたということなのだろう。

現状の二つのブログの今後については迷うところではあるが、結果的には本サイトに少しずつ移行しようと考えている。何事も少しずつ、長く続けること、それにより何かが見えてくる、今の僕にはそれしか言えない。


招き猫

Date
2006-02-21 (火)
Category
写真 | | 猫の話題


maneki-neko, originally uploaded by Amehare.

様々な招き猫たちが「おいで、おいで」をしている姿に、足を止めしばし見とれる。招き猫の効果は僕にとっては絶大だ。特に白い招き猫はジュニアを思い出す。

招き猫の仕草は、猫が前手で顔を洗う動作を擬人化したものだと思う。
猫が人間に初めて飼われたのがエジプトで、収穫した穀物を鼠から守るために、比較的大人しい山猫の子供を人間が育て始めてからと伝えられている。中国から仏教伝来と共に日本列島に渡った猫は、初めはかなり貴重な生き物だったに違いない。おそらく当時は紐に繋がれ室内で飼われていたのではないかと思う。これは僕の勝手な推測だが、徳川綱吉の「生類憐れみの令」により猫が紐で繋がれることが禁止され、それから猫は大いに外で繁殖していったのではないかと思う。

農耕を主としてきた場所では、猫は大事にされ可愛がられてきた。魔女の黒猫とか、化け猫とか、人間に誤解されたことも度々あったが、人間は猫を必要とし、長い時間の中で猫も人間を必要としている。

現在、猫にとって家の外は、病気・車・いじめ等々と危険に満ちている。東京の野良猫の平均寿命は3年から4年とも聞く。家の中で飼えるのなら、それが一番かもしれない。

夜、猫なで声に誘われる

Date
2006-02-07 (火)
Category
猫の話題

昨夜天気予報通りに雪が降り始めた。雨混じりの雪は地面に落ちる毎にびちゃびちゃと音が聞こえてきそうだった。雪が降っていると気が付いたのは猫の鳴き声からだった。見ると僕がレオカノと呼んでいる雌猫が家の塀の上から窓に向かって鳴いていた。レオカノは身体の芯から寒いらしく、丸くなって、小さい身体がさらに小さく見えた。

普段も時折塀の上から家の中をのぞき込んで鳴くこともあったが、餌が欲しいのか入れて欲しいのかはわからないけど、無視することが多かった。それにレオカノはかわいらしい鈴が付いた赤い首輪をしていたので、てっきり家の近くで誰かに飼われていると思っていた。でもどうも捨てられていたらしい。裏の家が引っ越しをして、空き地も含めて、そこに数軒の家が新築されたが、引っ越しの際に置いてきぼりをされてしまったようなのである。

そのレオカノが雪の降る中塀の上でじっとして鳴いている。思わず窓を開けて話しかける。突然に窓が開いただろうか、レオカノはびっくりして僕の顔を眺める。間近でレオカノを見るのは初めてだった。よく見ると小顔で目が丸く可愛い、それに目鼻立ちもはっきりとしている、美人である。寒いから入って、と手を差し伸べるが、どうも警戒心が強い。手を伸ばす毎にレオカノは遠くに移動する。そしてそこで鳴くのである。

猫なで声とはよく言ったものだ。猫なで声に反応する人としない人の2種類に分けるとすれば間違いなく僕は反応する方である(人の猫なで声には案外強い、そう自分では思っている・・・笑)。あの声で雪の中鳴き続けられるとつらい。何度も声をかける。時は深夜、まわりは静かである。その中で男が猫なで声に合わせて会話している様は異様な空間かもしれない。

結局レオカノは家には入らなかった。しばらく鳴いてそれから塀をつたって奥の方に消えていった。先程レオカノの鳴き声を聞いた。どうやら昨晩を乗り切ったらしい。

猫毛は細くて柔らかな毛を指して呼ぶが、ジュニアの毛は典型的な猫毛である。行方不明のレオは猫毛には程遠いほど堅く太かった。つまり猫毛ならぬ犬毛?である。レオカノも毛は触ってはいないが見た目は犬毛に近い。ああいう毛の猫は寒さに強いのかもしれない、などと根拠もなくそう思っている。

ジュニア

Date
2006-02-05 (日)
Category
写真 | | 猫の話題


DSC00347, originally uploaded by Amehare.

11才、雄、雑種、好奇心旺盛、短気、潔癖、完全主義者、おちょこちょい、寒がり、風呂好き、自尊心高し、頭脳明晰、偏食あり、きびなごを特に好む、主人の帰りを待つ、扉を開ける、作業の邪魔をする、無口、鳴き声が可愛い、美男子、100才まで生きる予定、種は違っても愛している。

「猫への詫び状」、過去を振り返り君を思う

Date
2005-07-09 (土)
Category
猫の話題

leobike

新規にパソコンを購入し、旧データを整理していたら以下の文章が見つかった。この文章は家の飼い猫であるレオが糖尿病を患ったときの話で、あのとき僕は本当にレオが死んでいくと思っていた。そのレオの予想される死にたいし、彼にその前に詫びたかった。これは僕からレオへの「猫への詫び状」である。

この文章を書いた後、レオは奇跡的に回復する。死に瀕したときから約五日間の入院生活だった。その後レオはインシュリンの注射を朝夕する生活に入る。食事は猫用糖尿病の缶詰。インシュリンは人間と同じものだが、一度に注射する量が違う。また毎日、尿から血糖値を調べた。つまり人間の糖尿病への対応と何ら変わらない。
そういう生活を数ヶ月続けたある日、レオの血糖値は劇的に変化する。通常の状態に戻っていたのだ。治らないと言われた糖尿病が治ったかのように見えた。医者に言ったところ、医者も驚き、インシュリンの注射をやめましょうという話になった。そしてその後は食事制限の取りやめと続き、そしてすっかり完治してしまった。それが2002年4月の話だ。それから2年後にレオは家を出て行ったきり戻ってはこなかった。


猫の意識とはたぶん人間とは違うと思う。人間は意識と自然的身体が一緒にならず、互いに強く影響を与え受けながら、その欲望はとどまることを知らず、また対象も眼前にあるものに限らない。でもおそらく猫たちは、眼前の対象にしか意識がなく、欲望はその都度眼前の対象で自足する。でも、少しでも他の動物と一緒に暮らせばわかるように、僕もレオのことは猫という動物ではなく、僕の意識の中では、人と同様に限りなく深い意識を持っているかのように感じ、接してしまうのである。その中のレオは、ちょうどこのイラストのように、モーターサイクルで長い旅に出た一人の男の様である。旅は戻る場所があり、戻ることを暗黙の中で約束している、しかし実際は家に戻らないのも旅である。行き先で何が待ち受けているのか不明で、もしかすると旅先で定住するかもしれない。僕は今ではそう思っている。彼には彼の猫生を生きる自由があるのだ。

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レオへの詫び状

今回の出来事で僕は君が死ぬかもしれないと覚悟しました。本当です。ですから死んだときの事を考え、レオのいない世界を想像しました。
まず考えたのは、君が死んだときに周りになんて話そうかと言うことでした。多分みんな悲しい思いをする事でしょう。次に、もう猫は飼うのは止めようと思いました。こんな悲しみを味わうのはもういいと思いました。さらに君のいないと後はジュニアだけだな。ジュニアを君の分も含めてかわいがろうとも思いました。

でも突然に君の思い出が、本当に多くの思い出が、僕の心を横切りました。それは一瞬の出来事でしたが、僕はその思い出を意識的に何度も何度も繰り返しました。

君が家に来てから2年半たってます。その間は決して楽ではありませんでした。どちらかと言えば苦しい方だったのかもしれません。仕事のこと、自分のこと、僕の周りの親しい人達のこと等々、誰でも生きていれば問題を抱えています。でも、そういうことで人生は深くなるとは渦中にいる者にとっては無責任な言葉です。
頑張って生きているなかに君が来ました。君が来ることで僕らの心はどんなに安らいだことでしょう。

もう少し細かくかければいいのでしょうけど、つぶさに見てきた君にとっては十分に知っていますよね。僕は君と生活し、最初は君の擁護者としていたと思います。僕は君に与えているだけで君から受けることは期待していなかったし、受け取れる者は何もないと思っていました。
期待していないのは今もそうですけど、君の事を思いだし、君から多くのものを受け取っていたことに僕は気がつきました。それも僕が与えたと思っていた事より多くの事を君は僕に与えてくれたのですね。

きっと君がいないと仮定したこの2年半は殺伐とした2年半になっていたことでしょう。これは僕の実感です。そしてこの差が君が僕に与えてくれたのです。それはとてつもなく大きな物です。僕は君にいなくなって欲しくないと、強くその時に思いました。それは僕の為だけではなく、これからつらい生活が君に待っていようとも、僕は出来るだけの事をしよう、君に感謝の気持ちを持とう、君と離れたくない。そんな感情です。

そんな気持ちが強まったときに、医者から「奇跡です」と言われるくらいに君は立ち直りました。その時うれしさと同時に、君への感謝を伝えられるチャンスを与えてくれた事に喜びました。また僕は命という大きな力を感じることも出来ました。これもあらためて君が僕に教えてくれたことです。

これからも一緒に生活しましょう。共にお互いの命を歩いていきましょう。
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十分に僕は君に感謝を告げることができたのだろうか・・・

 

ジュニアとレオの表札

Date
2005-04-17 (日)
Category
猫の話題


表札

以前にジュニアとレオのために深大寺境内にある焼き物屋で作成しました。
しかしレオは何処に行ったのか・・・
元気でいれば嬉しいのですが。

レオが戻らない

Date
2005-03-01 (火)
Category
猫の話題

以前にこのブログでも書いたと思うけど、ウチには猫が2匹同居している。しかし、現在その内の一匹が行方不明となっている。ふらりと表に出てそのまま戻ってこない。既に5日間もたっている。その間に雪も降ったし、寒い日も続いている。かなり気になっている。

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「猫ばっか」という本

Date
2004-12-04 (土)
Category
文学・書籍 | 猫の話題


200412048b355e1c.jpg猫の関連の本で一番好きな本が「猫ばっか」
作者はあの「100万回生きたねこ」の佐野洋子さん。それに本の表紙が「吾輩は猫である」の苦沙弥先生を模した猫って感じで好きだ。
この本はもともと単行本で出版したのを、文庫本化の際、絵と話を新たに追加しているので、文庫本の方が「完全版」といえるかもしれない。この本を手に入れたのは一昨年の事だが、書店でなかなか見つからず、探すのに苦労したのを覚えている。

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うん、犬も悪くないなぁ^^

Date
2004-11-12 (金)
Category
web | 猫の話題

2004111207c9fc04.jpg

ブイヨンって可愛い^^
実は最近ブイヨンにはまっている。
(ブイヨンがいる場所はここ
有名サイトですけど「ほぼ日刊糸井新聞」は面白いです。
(はじめてブイヨンのサイトに行く場合はここから入ると良いと思います^^)

寒くなると、ジュニアもレオも僕の布団の上で寝る。中においでと言って一度は入ってくるけど、僕の寝相が良いせいか、すぐにでてしまう。出るとき冷気が布団の中に入る。こんな時、全く猫って奴はと思う。

そう言えば、犬は子供の時に飼っていたらしい。
実は全く覚えていないけど、ちゃんと写真に僕と一緒で写っている。でも父が出張でいないときに、母が散歩に連れて行き、そのまま行方不明になってしまった。
母は元来動物は苦手だから、付近を探すなんて面倒なことはしなくて、すぐに家に戻ってくるでしょ、と軽い気持ちで家に帰ってしまった。
家に戻る犬は、そりゃテレビで見るけど、あの犬はそれが出来なかったらしく・・・そのまま行方不明・・・
母は姉と僕の世話で手一杯で(そう本人は言っているけど、僕は信じていない・・・)それっきりだったそうだ。それっきり家では犬は一度も飼っていない(怖い話だ)。
小学校の時、友人宅で犬を飼っていた。友人は凄い短気な奴で、家で叱られるといつもその気持ちを犬にぶつけていた。首輪をもってぐるぐる回すのだ。
見ている僕の方も気持ちが悪くなるくらいに・・・
それを見て小学校の時の僕は「犬にはなりたくない」と思ったことを今でもはっきりと覚えている。

今から考えると、とんでもない話かもしれないけど、犬にだってやはり受難の時代はあったのだと思う。
画像はブイヨンのサイトから持ってきてしまった。ダウンロードの所だから、ここで使っても問題ないよね・・・(さぁ

レオの宿敵 ガーコちゃん

Date
2004-10-25 (月)
Category
猫の話題

041025_0206~01.jpg

この意地悪そうな顔付きが素敵です。ちなみにレオはガーコちゃんの姿を見ると、一目散にその場を離れます。今のところガーコちゃんの方が強いみたいです^^

猫の王国

Date
2004-10-19 (火)
Category
猫の話題 | 美術


20041019794ad2f4.JPG

家の近くにある公園は大きい。なにしろ昔にオリンピックが行われた場所だ。
その公園に隣接して大学があった。大学は建物の老朽化と手狭になったので場所を変えることになった。そして取り壊された跡には広大な空き地が出来た。空き地をどうするかで色々な人達がアイデアを持ち込んで議論したけど、結局ゴミ処理場で落ち着いた。


そしたら今度は付近の住民たちが騒ぎ出した。環境に悪いというのだ。しかもゴミ集積用のトラックが頻繁にくるので子供たちにとっても危ないとの声も出て、住民たちは猛反対運動を繰り広げた。すると持ち主である都も「じゃいいよ、勝手にして」という事になって土地を業者に売ってしまった。

今度はそこに大きなマンションが出来る事になった。
でも決まるまでに長い時間がかかったので、その空き地はそのままほっておかれた。そしてそのうちにその空き地は猫たちの住処になっていった。

僕がその話を聞いたのは偶然だった。たまたま空き地の側を歩いている時に、土地を管理している人同士でその事を話し合っているのが聞こえたのだ。僕は中の状況が無性に気になった。空き地は背の高い塀に囲まれているので、中がどうなっているのか皆目見当もつかない。時折塀の隙間から猫が出入りしているのを見かけた。その隙間から空き地を覗き込んでも、見えるのは草がぼうぼうと茂っているのが見えるだけだった。

ある日の夕方に僕はその空き地の側を歩いていた。ちょうど塀の隙間のところに差し掛かった時、目の前を一匹の猫が目の前を横切った。あれって思って足を止めて猫の行く先を眺めた。そしたらそこには既に十匹近い猫たちが集まって思い思いの格好でいた。
そこにおばあちゃんが買い物カーとを引いてやってきた。おばあちゃんは猫達の側に止まると、買い物カートから猫の食事を順次出し始めた。猫達は「にゃあにゃあ」といっておばあちゃんの側に寄っていく。
僕はしばらくその様子を眺めていた。すると足下を何匹もの猫達が通り過ぎていくのがわかった。振り返ると例の空き地との隙間から、何匹もの猫がお婆ちゃんの所に行くために出てくるのが見えた。
最終的には20匹くらいの猫の集団が現れた。唖然とするしかなかった。季節は初夏の頃だ。噂には聞いていたけど本当の事だった。

おばあちゃんは猫達の食事が終わるとまた何事もなかったかのようにその場を立ち去っていった。二言三言、僕はおばあちゃんに声をかけたけど、今では内容はすっかり忘れてしまった。ただ、そのおばあちゃんは猫一匹一匹に名前を付けているようで、呼びかけて話をしている姿が印象的だった。

塀の内側ではきっと素敵な猫の王国が在るに違いない。僕はすっかりその気になった。他国にはむやみに侵入すべきではない、塀があって良かったかもしれない。猫の王国がどんな物なのかを想像するだけの力は僕にはなかったけど、きっと猫達の事だから勝手に頑張っているのだろう。

そのうちにその空き地でマンションの工事が始まった。今ではすっかり巨大なマンションが完成している。付近の住民達はマンション建築反対の住民運動を繰り広げ、現在訴訟中である。僕はと言えば、束の間に現れ消えていった猫の王国の事を思い出し、国民達が無事に移民していってくれていればと願っている。

イラストは「アルテミス巨猫ファンタジー」から使わせて頂きました。

長寿の白い猫

Date
2004-10-18 (月)
Category
猫の話題 | 美術


20041018a9f5420c.JPG

以前レオが糖尿病だった頃、僕は週に何回も動物病院に通った。


その動物病院は昔「ナガイ動物病院」と看板に書いてあったので、子供の頃の僕は「ナガイ先生」という立派な医者がそこにいるのだろうと思っていた。
「ナガイ先生」は立派な体格で立派な口ひげを持ち、そして円形脱毛症の犬や、不眠症の猫達を治してくれるのだ。僕はそんなイメージを持っていた。

レオをその病院に連れて行き始めた時、その病院の名前が「ナガイキ動物病院」に変わっていたのをしった。当然に出てきた先生は「ナガイ先生」ではなかった。

まだ学生然としたその先生はレオを、不安な顔つきで診てくれていた。僕はその先生の顔つきをみて、さらにレオの事が心配になった。

その病院には、当たり前だけど待合室という物があって、広さ3畳くらいの大きさに長椅子が一つと丸い椅子が2個置いてあった。ある時、僕がレオを連れてその待合室で待っていたら、病室から女性の声で先生に哀願する声が聞こえてきた。どうも彼女が連れてきた猫は老衰で弱っていたらしく、何とか元気にしてくださいと先生に頼んでいる感じだった。

彼女も先生の不安げな顔つきにますます不安になっていったのでは?と僕は待合室で二人の会話を聞いていた。

先生は彼女に、**ちゃんは既に18才ですから、人間で言えば本当に凄い歳なんですよ、と言って栄養剤かなにかを投与してくれたみたいだった。
診察が終わり、待合室に現れた**ちゃんは、それでもやっぱりぐったりしていた。

**ちゃんの同居人である彼女は、僕に会釈をすると同時にレオの事をみて「おいくつですか」と聞いてきたので「3才くらいです」と曖昧に返事をした。僕の返事を聞いているのかいないのかわからなかったけど、彼女は間髪をおかずに**ちゃんの年齢の事を話し、もう寿命なんですと寂しそうに笑った。でも僕は猫の歳は外見からは全くわからなかった。**ちゃんは真っ白な長毛の猫で、レオに較べると由緒正しい王女様という感じの綺麗な猫だった。僕がその事を彼女に告げると、かすかに**ちゃんが「にゃ」とないた様な気がした。

それからも頻繁に動物病院には行ったけど、**ちゃんとはそれから一回も合わなかった。


イラストは「アルテミス巨猫ファンタジー」さんから使わせて頂きました

夢を見た

Date
2004-10-17 (日)
Category
猫の話題

200410177a27ca8f.jpg夢を見た。
夢の中で家で一緒に暮らしているネコのジュニアとレオが人間のように立って話していた。背筋をピンと伸ばして、威厳をもって。僕は実体もなく彼らの周りを漂い眺めている。

二人が立っている場所は窓際で、いつもなら「表に行きたいよ」とせがむ所だ。でも夢の中の二人はそんな雰囲気はみじんもない。
窓越しに外では時折稲妻が走る、雨は降っていない、しかも夜空には煌々とした大きな満月。稲光の光で二人の顔の表情が見える。二人とも青年の顔つきをしている。そう大人になる一歩手前の顔つき。しかも不安におびえる顔つきでなく、これから自分の道を歩こうと決意した表情に見える。

ジュニアが喋る。「お前これからどうするつもりだ?」
レオがそれに答える。「おれはこの家を出るつもりだ」
「そうか・・・」とジュニア、続けて「俺も考えているところなんだ」

そうか二人はどこかに行くつもりなのか・・・。僕は自分が大きな衝撃を受けていない事にも気がつかない。ただ観察者として漂っている。二人の背後でまた稲妻が光る。

そこで目が覚めた。起きて変な夢だったと苦笑する。レオとジュニアを見ると、いつものように布団のうえで、この世の幸せを一身に集めているかのように、昏々と丸くなり寝ている。

ミュージカル「Cats」の中で猫には本来猫らしい名前を持っていると言っていた。それは人間が付けた名前とは違う。夢の中で互いに名前を呼び合っていたような気がするけど、それは聞き取れなかった。でも確かにジュニアとレオではない様だった。夢の中とはいえ、その名前が聞き取れなかったのが残念と言えば残念だった。 (イラストは「First Moon」さんのを使わせて頂きました。)

猫は毛布で丸くなる

Date
2004-10-17 (日)
Category
猫の話題

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猫が丸くなって寝てる姿は結構好きです。

レオの紹介

Date
2004-10-07 (木)
Category
猫の話題

leo

レオは「わーん」となく。時折「にゃーとないてごらん」とレオに言うけど、そんな事お構いなしに「わーん」となき続ける。こちらも「にゃー」という。レオは「わーん」と返す。そう言う事を何回か繰り返す。見知らぬ人が見たら、側に寄らずに立ち去る事だろう。その時のレオはきょとんとした顔でこちらを見ている。

レオは僕から言うと猫顔ではない。これもレオにしてみれば随分と失礼な話かもしれない。なき声と同様に、何故人間は自分の定義に当てはめようとするのだろうと思っている事だろう。以前に友人が来てレオを初めて見た時、狸を飼っているのだと一瞬思ったそうだ。で、狸はないだろうと僕に聞いてきた「猫ですよね・・・・」

確かに近くの公園に沢山いる野良猫たちの中を見渡しても、レオの様な容姿の猫にお目にかかった事がない。レオは6年くらい前に知人が拾って、それから家にきた雑種の雄猫だ。だからもしかすると知人の家の周りにはレオと同じ容姿の猫達がいるのかもしれない。

以前にレオは糖尿病になったことがある。家に来てから2年くらい経ってからの話だ。その時の話は機会があればBlogに載せたいと思うけど、この場で言いたいのはその事ではなく、診察してくれた獣医さんがレオが背骨の繋ぎ目の骨が二本くらい足りないと言った事だ。日本猫では1本少ないのは多いそうだ(本当に多いそうだ)、でも2本となれば珍しいとの事。「うーん、どおりで胴が短いと思った・・・」 猫が短胴というのは良い事ではないと思う。まず格好悪い。その上に容貌が猫らしくないし・・・・

でも性格はとても穏やかだし、おしゃべりだ。ジュニアの方が綺麗だと思うけど、この性格で彼女はレオの方が先に出来た。しかももてるみたいだ。ある日、レオと彼女が一緒に塀の上でひなたぼっこをしていたので、思わず「レオ」と声をかけた。するとするすると後ろを振り返らずに(つまり彼女の方を見ずに)こちらに向かって歩いてきた。彼女の方はじっとレオの方を見ている、「あれ」って顔をしているようだった。その時はこの薄情者って思ったけど、呼びかけて来るとなればそれだけで可愛いと感じるのが猫バカの僕。

画像は風呂場でのレオ、逃げたくてしょうがないといった表情をしている。今回はあくまでレオ紹介の掲載です。ちなみにレオという名前は拾ってきた知人が付けた名前で、毛の色がライオンににているからだとの事。ま、同じ猫仲間だしいいかも、でも僕がつけるとすれば「レオ」じゃなく「ドラ」とすると思う。勿論「どらえもん」の「どら」だ。

ジュニア、その育て方

Date
2004-10-03 (日)
Category
写真 | | 猫の話題

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家には猫が2匹いる。2匹とも雄の雑種。最初の猫はジュニアといいミルクから育てたけど育て方に失敗してしまいもの凄く神経質な猫になってしまった。

ジュニアは白く黒の斑点が所々にあるとても綺麗な猫だ。仕草一つ一つにも醸し出す色気がある。僕はこのジュニアを育てる事ですっかり猫にはまってしまった。

どちらかというと最初ジュニアの育て方は、猫という事もあり放任主義だった。獣医さんのところで予防接種を受けた時に猫エイズの話を聞き、あまり表に出さない事が良いと言われた。家にずーっといるとストレスがたまるようで、それを家の中で発散する事になり色々と問題を引き起こした。襖は何回か張り直したし、障子はもう張り替えるのもあきらめたほど。物は壊すし、しかも木綿のTシャツは食べるし。

そこに登場したのがAさんだ。Aさんは母の知人で猫の育て方に一家言持っている人だった。Aさんは小振りな顔立ちの割に大きな目を持っていて、ぎょろりと僕を見つめ、ゆっくりと力強く「猫は叩いて躾けなければいけません」と話した。その何とも言えぬ迫力に僕は圧倒されすっかりその気になってしまった。なにせこちらは猫と一緒に生活するのが初めてなのだ。右も左もわからない中で専門家から金言をいただいた気持ちになってしまった。

こうしてジュニアが1才頃からの約1年間がしつけ受難時代となる。ちょっとした事でジュニアは叩かれる事になる。そのうちにジュニアはこちらが近づくだけで自分の身を守ろうとするようになった。

Aさんから教えられた躾が誤りである事に気がついたのは、猫関連の様々なネットを読んでからであった。多くの人たちは言っていた。

「叩いたりする事は特に猫にとっては躾になりません」

それはそうだよな・・・人間だって叩くよりは誉めたほうがいいに決まってるし・・・猫だって同じだよな・・・

でもなんでAさんは僕にあんな事を言ったのだろう・・・Aさんと猫の関係は勿論わからないけど、そうやってAさんも教えられてきたと思う。でも考えてみればAさんの時代と今とでは随分と猫と人間の関係も変わっているのは事実だと思う。昔はネズミを捕る為の猫だったけど、今では誰も猫たちにそれを要求したりはしないし。

それからは叩く事はなくなったけど、その1年間の躾期間はジュニアにとって、神経質な猫になるには十分すぎる時間だったようだ。さわろうとするだけで怒り出すし、抱かせてもくれなくなってしまった。まぁ年齢と共にジュニアも性格が円くなっていったので、今では短時間であれば抱く事は出来るけど。

勿論ジュニアが神経質な猫になったのは、Aさんの一言だけが原因ではない。ジュニアが本来持っている性格もあるし、僕の接し方にも原因があったと思う。でもジュニアの生活環境を変えてしまったAさんのあの一言はやはり重たいと思うのだ。

そのAさんは今から5年くらい前に病気で亡くなった。今でもジュニアが怒る度にAさんのぎょろりとした目で僕に語った姿を懐かしく思い出す。そしてそのたびに何故Aさんはあんな事を言ったんだろうと苦笑するのだ。

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