amehare
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あなたに
突然に僕はあなたのことを思い出しました。
発端は何だったのか、目の前を通り過ぎる恋人たちの姿からだったのか、それとも街でふと耳にした言葉だったのか,それは全くわかりません。
街を歩いていて、唐突に、何の予兆も与えられずに、僕はあなたのことを思い出したのです。
忘れていたわけでは決してありません。ただ長い間、日常の中であなたのことを考えずに過ごしてきたのは認めます。そしてその瞬間、
フラッシュバックのように、僕は二十歳の学生の時に知り合ったあなたのことを明瞭に思い出したのです。
その思いは何日も僕から離れることはありませんでした。
あの頃の僕たちを知る人は、僕らが付き合っていたと思うことでしょうか。いや、 それよりも僕らのことなど覚えていないかもしれません。でも確かに、あの時あの場所で僕らは出会い、そして多くを語り合いました。
代々木公園を二人で散歩したときのことを覚えていますか?
何故あのとき僕らは代々木公園に行ったのか、その理由も、それまでの経緯も僕は覚えていません。ただ、あなたが木訥と語る自分の事を、
僕はただ聞いていただけです。青空の下、僕らと同世代の男女が楽しげに遊んでいる姿を見てあなたは、
「何も考えずに遊んでいられる学生がとても羨ましい」と僕に言いましたよね。
常磐道沿いの小さなドライブインを営んでいるあなたの実家には、
ご両親と高校生の妹と身障者の弟さんがいて、あなたはその店を継ぐために、調理師免許取得の為、東京の専門学校に入ったばかりでした。
代々木公園で遊んでいる学生達を見つめるあなたの眼差しの奥にどのような思いが宿っていたのか、その時の僕には知るよしもありません。
その時、僕はあなたの「羨ましい」という一言に、「僕も彼らと同じ学生だよ」と答えたのを覚えています。でもその時、あなたはきっぱりと
「あなたは違う」と言ってくれた。
その時の、あなたの凛とした美しい横顔を僕は忘れることが出来ません。 それと同時に、僕はあなたの僕への思いを受け止める恐ろしさに胸のうちでは怯えてもいたのです。僕は少しも彼らと変わりはありませんでした。 むしろ、あの代々木公園で、「あなたは違う」の一言で、僕はそのことを強く意識したのです。
十代後半のあなたには、頼られ期待する家族がいた。 そのことがあなたの重みになっていたのかもしれません。そしてそのことは同時に、片親で育った僕の重みでもありました。
僕の誕生日に、一緒に渋谷でピザでも食べようと誘われたことを思い出します。 あのときは僕が待ち合わせの時間を勘違いして、あなたを3時間以上も待たせてしまったのですよね。結果的に遅れていった僕に、 あなたは何も言わず、ただ来てくれたことを喜んでくれました。僕はその時、初めてあなたがお化粧をして、おしゃれをした姿を見ました。 素面でも十分に美しいと思っていたのに、その時の姿に僕は驚き、そして照れくさかった。無論、 食事をしながら沢山のおしゃべりをしましたよね。でも僕はそれらの殆どを忘れてしまいました。
僕は怖かったのです。あなたの真っ直ぐに僕を見つめる眼差しが、 そして微塵の飾り気のない率直な語りを。それらはあなたそのものでした。その人間が何者かは、様々な社会的属性でないことは無論のこと、 その人の性格や癖の総和でもないことも確かだと僕は思います。あなたの、僕への行為と語り、それらはすべて僕を指向していたし、 その指向を僕自身が体験することで、その体験を通じて僕はあなたが何者であるかを意識したのです。
あなたは僕の前にそうやって現れ、そして僕はその存在の重みにつぶされそうでした。 一般論として、人間の存在に軽重はないとは思います。でもその時、僕の存在はあなたの存在と較べると、とても薄っぺらで軽くそして浅かった、 そのことを僕は常に意識していました。今を思えば、僕は臆病で卑怯な男だったのです。何故なら、その自分の弱さを隠すため、 あなたを遠ざける結果になってしまったのだから。
よくある話と言えばそれまでです。そう、どこにでも転がっている話です。 僕はそれからも幾度も同じことを繰り返してきました。でも何故かあなたのことだけは忘れることが出来ないのです。 それは代々木公園でのあなたの凛とした美しい横顔を、おそれおののき、それでも見とれてしまったからかもしれません。
頻繁に会い、そして語り合った日々。お金のない二人は常に歩き続けました。 でもそれでも手を繋ぐことさえしなかった。でも僕はあなたのことをとても理解していたんですよ。だからこそ、 僕は自分の弱さをあなたへの嫌悪に塗り替えたのかもしれません。無論、これも言い訳です。
家の都合で、学業半ばで実家に戻ることになったあなた、
何度も連絡をくれましたよね。僕は居留守を使い全く応答しなかった。そしてあなたからの手紙、そこには「僕に会いたい」と、
ただそれだけ書いてありました。でも僕はそれさえも答えなく無視しました。
あなたは最後に僕に何を告げたかったのか、それは知ることがなく終わりました。そしてそれは、僕があなたからの言葉への応答も、
あるべきはすの応答を、無くしてしまったことにも繋がります。そしてそのことが僕の存在の有り様を物語ってもいます。
おそらく、ここに書いたことをあなたは既に忘れてしまっていことでしょう。 そして僕のことさえ忘れているかも知れません。そして今では常磐道沿いのドライブインを必死になって切り盛りしているのかも知れません。 傍らには最愛の夫と子供達に囲まれて。あなたは真っ直ぐに生きてきました、おそらくそれは今でも変わりはないことでしょう。だからこそ、 きっとあなたはあなたの幸せを見つけていることでしょう。
僕はと言えば、突然にあなたのことを思い出し、 あらためて自分が何者であるかを知り得ました。相も変わらず臆病で卑怯な自分を。
この手紙はあなたに対し送っています。
でもあなたはこのメールを見ることはないでしょうね。
お互いに心の片隅にも乗らなかった言葉があります。例えば「好き」とか「愛している」などの言葉。「愛」は心の有り様を言うのではなく、
コミュニケーションの一つの姿であるとすれば、その行為と体験から感じ得ることなのかもしれません。そしてそれであれば、
あなたが僕のことをどう思っていたかは十分にわかっていましたし、今となって気が付けば、
僕自身もあなたに対しどう思っていたのかがわかります。でもそれは少なくともあなたにとっては今では無意味な話でしょう。でも僕にとっては、
今更ながら、何故か一つの失恋として、僕の中に芽生えているのです。
長々と詰まらぬ話をして誠に申し訳ありません。 思い出したあなたのことが頭から離れず、僕はブログに書くという行為ではき出すしかなかったことをお許し下さい。 あなたが健やかに幸せな環境の中で暮らされていることを念じつつ、終わりにしたいと思っています。
さようなら。お元気で。
心から Amehare
新たなAmehare's MEMO
ジュニアが扉が開くのを待っている。扉の向こうには何が待っているのか、勿論ジュニアは知っている。内には雨露がしのげる場所があり、暖かく、食事も出来る。何よりもジュニアにとって内は重要なテリトリーでもあるのだ。しかしジュニアはドアを自らの力で開けることは出来ない。ジュニアにとって不条理な状態なのは間違いないが、しかし彼はそれを受け入れているかのようだ。でもこの状況は僕にとっても同様だと思う。扉は大概は自分以外の誰かの手によって開けられる。ジュニアと違うのは、僕は扉の内に何があるのかを知っていない。
今回自分のブログを本サイトに切り替える事に決めた。決めた理由は色々とあるが、つまるところ写真と文章の二つのブログの投稿規模の偏りをなくすために一本化したかったという自分の趣味でしかない。写真ブログは写真を撮るという行為を考えるために立ち上げた。それは写真のコメントを綴ることにより見えてくると僕は思ったのである。でもこのことはその他についても、人間の行為の基となる原理を模索するという点では同様なのは間違いない。つまり写真専用のブログを進める中で、自分の中にある種の欲求不満が芽生えてきたということなのだろう。
現状の二つのブログの今後については迷うところではあるが、結果的には本サイトに少しずつ移行しようと考えている。何事も少しずつ、長く続けること、それにより何かが見えてくる、今の僕にはそれしか言えない。
無題という名のお詫びと言い訳
ここ数ヶ月の間、僕は文章が書けなかった。「読む気」「語る気」「見る気」「働く気」その他の「気」はあるのだが、どういう訳か「書く気」だけが沸いてこなかった。色々な方から心配をされ、遠慮がちにさりげなく多くのアドバイスもいただいた。この場を借りて僕の感謝の言葉を伝えることができればと思う。
ここまで書いたこの表現、とても嫌いだ。素直に書けばいい。
本当にありがとうございます。拙いブログですが、それでも気にしていてくれる方がいてくれるのがとても嬉しいです、と。でも白々しさがこの言葉に宿る。でも感謝しているのは事実。ただ言葉が出てこない。
何故書けなくなったのか、その理由は未だにわからない。いや、それは多分嘘だ、僕は書けなくなった理由を知っている。心が少し風邪をひいた?それもあると思う。自分の書くブログに何の意味も見いだせなくなった?確かにそれもある。人のことを気にし始めてきた?その通りだ。隠れてしまおうと思い始めた?いつも思っている。
こんなふうに自問自答することで、本当は知っている答えに辿り着けることは出来ない、それも知っている。矛盾する言葉の連続かもしれない。でも感覚的にこの表現が合っていると僕は信じている。
一度書くことを覚えた人は、歌うことを覚えた人と同様に、何かを書き続ける。この数ヶ月間、僕は声を奪われた人魚姫の気持ちを味わった。語ることは、書くことは沢山あった。僕の中では様々な思いが、収集され整理整頓され、編集された文章として、あとは自分の手がペンかキーボードを打てば良いだけだったのだ。でも一度整理され完結された僕の言葉は、表に出てくれなかった。
ペンを持つとき、キーボードに向かうとき、僕はただ呆然として立ちすくむ。そして数行書いて、デリートキーを押し続ける。
映画「小説家を探して」の中で、小説家役のショーンコネリーは主人公の少年に向かって言う。「頭で考えるな、手は頭より賢い」と。僕はその意見が好きだ。まずは何も考えずに??、手の赴くままに書き続けよう。頭は編集のためにとっておく、無慈悲な文章の削除判定係として。そう思った時期もあったが難しかった。
何の結論も出てはいない。ただこの文章は、事前の予告なしに、つまりは前から書こうと思って書いているわけではない。つまり僕にとって予測不能の文章でもある。だからここまで書けるのかもしれない。こういう仕方で以前はよく書いた。しばらくこの仕方で書こうと思う、その結果、駄文がますますひどくなるかもしれない。でもまぁそれが実態であるから致し方ない。
皆さんからいただいた暖かいコメントへの返事、遅くなって本当にすみませんでした。
あっ、今のは素直に書けました。ありがとう。
随分と長い間
- Date
- 2005-08-01 (月)
- Category
- amehare
こんばんは、久しぶりの更新です。
実を言えば暮らしの忙しさの中でブログ更新が滞っていました。一時はこのささやかなブログをしばらく閉めようかなとも思いました。
でも未更新にもかかわらず、何人もの方々から普段通りの何気ないコメントをいただき、少しはこのブログを楽しんでくれる人もいるのではないかという気持ちになりました。逆にそれらのコメントがブログだけでなく、自分の暮らしに対して、日々行動する勇気を与えてもらいました。
皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
今後も以前のように連日の掲載は難しいかもしれませんが、それなりに(笑)続けていくつもりです。至らぬ点もただあるとは思いますが、その際はご教授いただけましたらありがたいと存じます。 では
このブログでの記事の書き方
- Date
- 2005-02-08 (火)
- Category
- amehare
「記事の書き方」とタイトルにつけましたけど、少し不適切です。僕がブログの書き方はこうすべきだなんて、するつもりも意見もありません。これは自分のブログの書き方を少し変えたことを備忘録として残す事を目的にしています。
ブログを初めて4ヶ月経って思うこと
- Date
- 2005-01-27 (木)
- Category
- amehare
検索などでわざわざこのブログに来てくれた方は知らないと思いますが、このブログはLOVELOG村では「ビジネス」のカテゴリに入っていました。
どのカテゴリに入れるかは、入れる方の勝手ですが、僕は自分に対して厳密になってしまう部分があり、なんかこのブログは「ビジネス」にそぐわないんじゃないかなと思ったりしていました。
最初にこのカテゴリを決めたのは気楽なノリでした。でも面白いことに、気楽に決めたカテゴリに逆に徐々に縛られていく自分がいるんです。
個人的に思うことは、できればカテゴリなんか無くして欲しいけど、それは反対する人も多い様な気がします。もしくは、1つに決めるんじゃなくて複数のカテゴリに入れるとかしてくれると嬉しかったりします。
ブログの場合、日々に思う事を備忘録として記載する人が多いと思います。そして僕もその範疇に入ります。でも暮らしの中で、日々に思う事って様々なんですよね。当然に「ビジネス」にカテゴリされていたこのブログもそうです。だから結果的に、ビジネス以外の話の方が圧倒的に多いことになります。
何をもって「ビジネス」とするかは、人によって違うと思うけど、範囲を広げれば限りなく広がってしまう気がします。僕としては、何でもビジネスの範囲に出来るとは全く思ってないけど、目的が利益追求に合致しているのであれば、ビジネスの範囲で書けると思うし、その気持ちで記事をビジネス扱いで書いてきました。
でも当然に利益追求が目的になっていない事も社会には多くあって、それらについても思うことを書いていこうと思うのです。さらには備忘録的な要素もこのブログにさらに多くしようとも思っています。
そこでカテゴリを「ビジネス」から「独り言」に変更しました。また文章のスタイルも徐々にですが変えていこうとも思っています。ブログをはじめて4ヶ月を超え、いままで人様のブログを拝見させて頂き、自分が書きたい文章の内容とかスタイルとかが、やっと見えてきたような気がします。その方向に徐々に変えていこうと思っています。
このブログについての些細な話ですが、MEMOとして掲載します。
ブログを始めてから1ヶ月半たって思うこと
2004年9月27日にWeblog(以下ブログ)を始めてから約1ヶ月半経ったことになります。このMEMOと題するブログを始める時に、僕は以下のことを書きました。
「世の中に何かを伝える物が何もない自分にとって、Blogを始めると言ってもそんなに大層な事は出来ない。ただそんな自分でも続ける事によって、自分の何かが見えて来るに違いない、そんな気持ちから始めていきたいと思う。」
「自分の事を知りたい気持ちから書いていこう」という気持ちから始めたので、ブログの名前も、「本稿」の意味でなく「覚え書き」の意味である「MEMO」を使いました。それは、今後色々と考えていく時に考えも変わるかもしれないけど、まずは今の考えを記録しておく気持ちからです。勿論ブログとして発表した以上、自分の書いたものに対して責任を持つ必要があると思っています。「MEMO」だからと逃げるつもりは全くないのですけど、自分にとっては当初の気持ちから、その様な位置づけのタイトルとしました。
初めは、自分が勤める会社の業務の事を考える内容に終始しようかなと考えたのですが、逆にそれは未だに実現していません。(拙いさわり程度の内容でしたら「知識は信念」というタイトルで掲載しています)
1ヶ月半経って思うことは、自分が書くと言うことよりも、人のブログを見て色々と勉強になった場合が多かったと言う事です。人が特定の組織もしくは業界で働くと言うことは大なり小なり世界が限定されてしまう傾向にあると思います。勿論そうではいけないとは思いますが、より専門性を求められるとなおさらその傾向が強くなるような感じを受けています。その例にもれず、自分のことを振り返ると、自分もそうである様に思えます。
自分でブログを始めることにより、人のブログを読む機会が増え、良い意味での刺激になった様に思えます。そして、多くの人のブログで意見を読み、いままで考えもいなかった事を知り、その考えを自分なりに整理し付け加え、さらにその考えを元に他の意見を読み・・・というふうに「考え」を循環して進めていく事が楽しくもありました。
ナレッジで言うと、「知識」を共有し、他の「知識」とぶつけることで新たな「知識」を創り出していく過程を自分の中で実践できた様な印象です。勿論、内容はたいしたことではないのですけど・・・・
新たな考えの中で、1つ具体的な例をだすとイラク問題についてです。
多分ブログを始めていなければ、僕にとってイラク問題は新聞の1つのネタにしか過ぎなかったのではないかと思っています。つまり新聞・テレビを見て同情するけど、それ以上の思考は進めなかった様に思えます。同じく人質事件についても同様です。今回自分の気持ちが、あの事件で揺れに揺れた事は実は意外でした。イラク問題については、未だ自分の中で靄となっている部分もありますが、今まで考えなかったことから見るとだいぶ違うように思えてきます。
今まで書いたものを読み返してみると、どちらかというと好奇心で書いた物が目立ちます。それはそれで良いのかもしれませんが、自分にとっては、それだけで終始してしまうと火事場の野次馬と何ら変わりはないと思っています。興味をもち掘り下げる事には少し長い時間が必要だと思います。その為、今後もこの場を借りて、同じ話題を何回か繰り返して進めて行ければと思っています。
また僕はブログを始めたばかりなので、今後このブログのスタイルも変わっていくと思います。とりあえず変化の第一歩として、次ぎの2つを徐々に始めていきたいと思っています。一つめはモブログ(写真)を別のブロブに移動します。二つめは、自分の名前(リアル)の掲示です。僕の名前を掲示したからと言って、他の人から見ると「Amehare」と同様に1つの記号としての他、何の意味もない事だと思います。これは自分に対する事としてやるつもりです。
世の中の事を含めわからない事が多いので、結果として今後も拙い考えを載せていくことになるとは思いますが、このささやかなブログを続けていきたいと思っています。
はじめまして
- Date
- 2004-09-27 (月)
- Category
- amehare
今日からBlogを始める事にした。
といっても世の中に何かを伝える物が何もない自分にとって、Blogを始めると言ってもそんなに大層な事は出来ない。ただそんな自分でも続ける事によって、自分の何かが見えて来るに違いない、そんな気持ちから始めていきたいと思う。
僕はどちらかというと政治的な人間ではない。政治的な人間って何?と問われるかもしれないけど、この物言いは自分の感性から出てくるので、定義付けは難しいと思う。でも良かれ悪しかれ、僕も現実の中で生きているので、時折そういう話もこの場所に書くかもしれない。いうなれば、今自分にもっとも興味のある事柄についてのみ書き、その中にそういう話も出てくるかもしれないという事だ。
ともあれ、Blogの第一歩を踏み出した。このささやかなBlogを通じて色々な事が学べれば、とても幸いだと思う。
(2004/9/27のAmehareblogから)
About Me
- Date
- 2001-01-01 (月)
- Category
- amehare
はじめまして、Amehareです。
石を投げれば当たるという意味で、どこにでもいるような普通の会社員です。
それでも強いて特徴を挙げれば、猫好きということくらいしか思い浮かびません。
今回は、そんな僕のブログに来ていただき、誠にありがとうございます。
本ブログは、僕がその時点で興味有ることを脈絡無く書き綴っています。
総じて見れば、その統一性のなさに自分でも驚きます。
それでも、その時点で興味ある事を書き綴るという点で、ある意味日記に
近いとも思っております。
「About Me」には自分のことを書くべきで、読まれる方もそれを期待されて
このページを開けたことと思います。
しかし、僕はネットにおける自分のスタイルとして、実際の自分の履歴・経歴などを
具体的にブログを含めた各サービスに記載することは殆どしません。
男性であること、そして日本の東京に住んでいることくらいの情報提供と
なってしまうことにご容赦いただきたくお願いします。
しかし、本ブログもしくはその他のネットサービスを利用し積極的な関わりを持っている以上、
僕が自分の経歴を語る以上に、書き綴られたコンテンツは僕を現している、
そういうふうにも思えます。
本ブログは日記に近いと書いたのはそういう気持ちがあるからです。
「Amehare's MEMO」は自らが殆どリンクをすることなく、また逆にリンクされることも少ない、
ネットの大海では地図にも載っていない孤島に近い存在です。そしてだからこそ、
僕はその孤島からメッセージを瓶に詰めて、誰かが拾ってくれることを祈りながら、投げ込むわけです。
そしてそれが、こうして今これを読まれている貴方が拾ってくれました。
その時点で、それは僕の日記であると同時に、貴方への手紙でもあります
この手紙を読まれる見も知らぬ貴方が、自分に満足される日々を送られますように、
心を込めて願っております。
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